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重い、でもそれがイイ 今観てほしい良作を紹介します【次に観るなら、この映画】10月8日編 

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
 
①ニコラス・ケイジが主演を務めるリベンジスリラー「PIG ピッグ」(10月7日から劇場で公開中)
 
②ホームレスにならざるを得なかった女性を主人公にした「夜明けまでバス停で」(10月8日から劇場で公開中)
 
③「失踪者リスト」に着想を得たヒューマンドラマ「千夜、一夜」(10月7日から劇場で公開中)
 
 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「PIG ピッグ」(10月7日から劇場で公開中)

◇人生の悲哀が血と涙と怨念と共に香り立つ、ニコラス・ケイジ100本目の長編映画(文:清藤秀人)
 
 ニコラス・ケイジにとってちょうど100本目になる長編映画は、血塗れになった彼の顔にリベンジの4文字がくっ付いて、どうしても「マンディ 地獄のロード・ウォリアー」(17)を思い起こさせる。確かに、トリュフを嗅ぎ分けるための豚と寄り添い、死んだ妻の声が録音されたテープを子守唄代わりに眠りにつくトリュフハンターが、盗まれた豚の奪還に向かうというプロットはあれに近い。

2020 Copyright (C) AI Film Entertainment, LLC

 しかし、今回、主人公のロブを演じるニコケイは、より一層寡黙な分、臓物の中に仕舞い込んだ怒りは半端なく、失くした者たちへの愛と喪失感は別に説明されなくても充分に伝わる。ほぼ表情を変えぬまま、時に怒りメラメラの復讐鬼を、時に食の伝道師を、そして時に悟りを開いた人生の達人へと変化して、まさに痛快そのもの。何をやっても可愛く見えてしまう得な性分も相変わらずだ。

2020 Copyright (C) AI Film Entertainment, LLC

 映画は上映時間が91分、3つのチャプターに分かれたシンプルな構成だ。チャプター1では、ロブが、ディーラーの青年、アミール(アレックス・ウルフ:ニコケイも絶賛の名演)を案内人に豚の捜索に着手するまでが描かれる。この幕開けにはワクワクするが、これに意外な捻りが加えられるチャプター2の面白さが格別だ。ここでは、鬱蒼とした森を出て久しぶりに故郷のポートランドに戻ったロブの意外すぎる過去が解き明かされ、ロブはその鋼鉄のような料理哲学と人生観をかざして、豚捜索の過程で出会う人々の薄っぺらい仮面を次々と剥がしていくのである。お前はそれで本当に幸せなのか? というロブの問いかけに相手が屈する時、豚と一緒に森のホームレスの如く生きるロブの姿がなぜか尊く思えてくるのだ。
 
 ロブの最終ターゲットとなる人物にも彼の怒りとさとしの槍が向けられるチャプター3の畳み込み方も上手い。ロブのある画策により家族の思い出が蘇り、それがロブ自身のハートも切なく満たしていく美しいエンディングには、しばし忘れ難いものがある。

 食欲の秋、劇場ではレストランの起源を描いた「デリシュ!」がすでに公開中で、11月にはヌーベルキュイジーヌを皮肉ったグルメミステリー「ザ・メニュー」の公開が控える。そんな中、珍味トリュフを介して人生の悲哀が血と涙と怨念と共に香り立ってくる本作の後味も、他の2作に比べても引けを取らない。食いしん坊の映画好きにとって贅沢な季節の到来だ。


「夜明けまでバス停で」(10月8日から劇場で公開中)

◇安易な絶望よりも、ささやかな連帯に支えられた希望の原理を見出す(文:高崎俊夫)

 2020年11月、東京・幡ヶ谷のバス停で寝泊まりしていたホームレスの女性が暴漢に殴り殺されるという事件は、深い衝撃を持って受け止められた。コロナ禍で加速する不安定な就労状況が続く中で起こった、この今という時代を象徴する痛ましい出来事をモチーフに、真っ向から挑んだのが「夜明けまでバス停で」である。

 高橋伴明監督は、ピンク映画出身で、三菱銀行人質事件の犯人を主人公にした初の一般映画「TATTOO<刺青>あり」(82)を始めとして、連合赤軍による同志リンチ事件を描いた「光の雨」(01)など、実話をベースにして、どちらかと言えば、加害者側の視点に立ちながら、混沌とした社会の矛盾や歪みを見据えてドラマを構築してきたといえよう。

 「夜明けまでバス停で」では、しかし、徹底してヒロインに寄り添うことで、安直な正義や社会派的なメッセージを謳い上げることを拒み、この事件が生み出された時代背景を真摯に見据えようとしている。

(C)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

 居酒屋チェーンで働く三知子(板谷由夏)はコロナ禍で、緊急事態宣言を受け、店が休業を余儀なくされ、突然、解雇される。長年、一緒に務めていた中年のアジア人女性も馘首されるのだが、演じるのは、なんと「月はどっちに出ている」(93)で陽気で溌溂たるフィリピーナに扮したルビー・モレノだ。すでに皺が目立つルビー・モレノが「ワタシ、日本に30年以上もいるジャパゆきさんなんだよ!」と片言の日本語で叫ぶ時の表情には、バブル崩壊後の日本の衰微していった“時間”が刻み込まれているようにも感じられる。

 失職した三知子はアパートを追われ、あっという間にホームレスとなってしまう。所持金もなくなり、ゴミ箱の残飯を漁るまでに落魄した彼女を受け止めるのは公園に棲むホームレス仲間たちだ。センセイ(下元史朗)、派手婆(根岸季衣)、元過激派とおぼしいバクダン(柄本明)は皆、訳ありの過去を背負っており、全共闘世代である高橋伴明は彼らを、同志のように愛おしいまなざしを込めて描いている。マスク姿が常態と化し、テレビや街頭映像に映り込む安倍晋三や管義偉の空虚な貌ーー。淀んだ不穏な空気が支配するコロナ禍の東京を、これほどあざやかにとらえた映画は少ないのではないだろうか。

(C)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

 映画は、定石をなぞれば、三知子というヒロインを見舞う悲劇に刻々と向かって完結するはずだが、高橋伴明は、安易な絶望よりも、ささやかな連帯に支えられた希望の原理を、そこに見出そうとする。意外や、「仁義なき戦い」の「間尺に合わん仕事をしたのう」というアイロニーたっぷりの名セリフも聞こえてくる。私は、痛快なエンドクレジットを見ながら、同じ深作欣二の「誇り高き挑戦」(62)のラストシーンを連想した。今、まさに必見の映画である。


「千夜、一夜」(10月7日から劇場で公開中)

◇田中裕子マルチバースの始まりか。「待つ女」の思いが詰まった新たなる代表作(文:本田敬)

 テレビドキュメンタリーのディレクター出身、久保田直監督による8年ぶりの劇場映画第2作。出演は前作「家路」に続き田中裕子。脚本も同じく「家路」、そして田中の中期代表作「いつか読書する日」を手がけた青木研次。

 佐渡島に住み水産加工場で働きながら、30年前に姿を消した夫を待ち続ける登美子(田中裕子)。当時は北朝鮮の拉致疑惑も取り沙汰され、必死に各所を回って夫を捜す姿は、メディアでも取り上げられていた。そんな彼女の存在を知り訪ねてきた島で働く看護師の奈美(尾野真千子)もまた、教師の夫・洋司(安藤政信)が2年前に失踪していた。似たような境遇の奈美と手がかりを探る登美子は、次第に彼女と自分を、洋司を夫とだぶらせていく。そんな時、偶然渡った新潟の街で登美子は洋司の姿を見つける。

 14年の「家路」では震災後の福島を舞台に、避難命令を受けた人々の思いを描写した久保田監督。今回は新潟を舞台に拉致問題を導入にしつつも、感情の矛先はあくまでも残された妻たちの気持ち、すなわち消えた夫と待たされる自分という内側へと向かう。ドキュメンタリー出身でありながら、今回は社会性や告発よりもドラマ性を重視した印象だ。

(C)2022 映画「千夜、一夜」製作委員会

 その中心となるのが田中裕子扮する登美子の存在。これはキャラクター設定は違うものの、監督の前作「家路」で田中が扮した役名と同じなので、久保田監督と脚本家の青木研次の中では、登美子サーガというかマルチバースが構築されているようだ。「家路」での登美子は認知症の兆候を示しながらも、息子と立入禁止区域の生家に帰って行く母親役だったが、本作の登美子は埋み火のような夫への思いを再びたぎらせる妻となっている。

 最近は「はじまりのみち」「ひとよ」「おらおらでひとりいぐも」と病身や老け役の多かった田中だが、本作では前述の「いつか読書する日」の美奈子役に見られるような大人の女性を体現。過去に縛られながらも、かつての男に人知れず情念の火を灯し続ける美奈子は、他人の夫を探すことで自分を解き放つ本作の登美子と重なって見える。

(C)2022 映画「千夜、一夜」製作委員会

 今も年間8万人が失踪する現状に久保田監督が着想を得たという本作だが、55年前に同様のテーマで今村昌平が撮り上げた実験的ドキュメンタリー「人間蒸発」でも、1966年の国内失踪者は9万1千人だと言及されている。この「人間蒸発」は失踪ものの先駆けとして知られ、クライマックスに向け迷走を重ねるが、本作もまた思わぬラストを迎える。両作は全くタイプが違うものの、自ら消えた者と待つ者たちは、いつの世も想像を超えた物語を秘めていることを教えてくれるのだ。

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