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第16話 準拠法はどのように決まるのでしょうか?ー契約の準拠法(3/3)

準拠法はどう決めればよいのですか?

契約を律する法律が各国で異なる上に、準拠法を指し示す役割をする国際私法までが、各国バラバラな現状は前2回でよく分かって頂けたでしょう。あらかじめ契約の準拠法を決めておくことに、重要な意味があるのです。では準拠法はどう決めればよいのでしょうか。

詳しくは国際契約書作成に関する本を見て頂きたいと思いますが、簡潔に言えば、常識的な答を出してくれそうな法、大体の答が予測できる法で、法律の内容、裁判例や参考文献といった情報が容易に得られるものが選ばれています。

実務では、英国法(中でもコモディティー取引契約、保険契約、運送契約の分野で)、ニューヨーク州法(色々な取引に使われますが、金融取引の分野で)、カリフォルニア州法スイス法ドイツ法(後の2つは欧州大陸系の国々の法律家にはなじみがあります。日本法も同じ法体系に属します)、シンガポール法香港法(いずれも英国法と同族です)などがよく登場します。

えっ!自国の法律ではないのですか?

確かに、日本の会社は契約交渉で、日本の法律を準拠法にするよう主張します。それは日本法なら知っているわけですし、どういう答えが出るか予測できるからです。

でも国際契約の現場で、「日本の法律を準拠法にして欲しい」という主張は、相手方にとっては結構むずかしい要求なのです。というのは、日本の法律はすべて外国語に訳されているわけではありませんし、裁判の判決は日本語ですし、参考書や論文もほとんどが日本語なのですから、他国の人にとっては「内容の分からない」法律なのです。(☚これがポイント)

このことは裏返しを考えてみれば分かります。もし「キューバ共和国の法律を準拠法にしてくれ」と言われたら、ほとんどの人はキューバの法律を知らないし、簡単に調べようもないので、善し悪しの判断のしようがないから、まずは断る、ということになるのです。

関係者に分かることが大切なのです

そこで解決策として出てくるのが、「予測可能性」であり「情報の得やすさ」であるわけです。(☚これがポイント)

「日本法は諦めてください」といっているのではありません。相手が受け入れてくれるなら、我々にとっては確かに日本法の方が安心なことは言うまでもないでしょう。

もっとも、取引の内容によっては、一番密接な関係を持っている国の法律にせざるを得ないこともあります。たとえばフィリピンに国際合弁会社を作る、という契約の準拠法はおそらくフィリピン法ということになるでしょう。フィリピンの会社法と切っても切れない関係にあるからです。

準拠法を決めて、それに頼ればよいのですね!

私が会社に勤めていたときの経験をお話ししましょう。

日本の本社とベルギーの子会社が、オランダの会社と合弁でイタリアにペットボトルの材料を作る会社を作って、製品全量を10年間にわたって、ある会社が買い取る約束をし、製品は買主の在欧子会社に配送する、というプロジェクトがありました。製品の売買契約書は本体だけで84ページにも及ぶ緻密な契約で、契約の準拠法は英国の法律でした。

取引開始後、不幸なことに市場が暗転して、契約価格で買い続けると、買主は何年にもわたって損をすることになってしまいました。そこで買主は損害賠償金支払い覚悟で、契約を破棄することにして、弁護士事務所に検討させました。

その答は、「この契約はあまりにもよく考えられていて、途中で解約して損失を食い止めることは困難だ」というものだったそうです。

関係者から聞いたことですが、この問題の検討の過程では準拠法はほとんど関係なかったようです。どういう意味でしょうか?答がすべて契約書に書いてあったので、準拠法が何国法でも影響がなかった、ということなのです。契約書にできるだけのことを書いておくことが大切だ、ということが言えそうです。

契約書に答が書いてあれば、それが最優先です!

前回までに、ルールが分からなければゲームが出来ないように、準拠法が分からなければ契約における権利、義務は検討できないと言いましたが、実はそれには「契約書に何も規定していなかったら」という前提があるのです。

もし14話に登場した短い売買契約でも、「売主は200万円の商品1個を買主に引き渡すものとする」に加えて、「売主は商品を5月15日に船積みしなければならない」と定めてあったら、引き渡し時についてどの国の法律にどう書いてあろうが、関係ありませんよね。

理想的な準拠法を探し求めるよりも、契約書の中に答を書いておく方がずっと解決の役に立つのです。(☚これがポイント)

もちろん何もかも書くことは出来ないのですが、自分の取引がどんな経過をたどって進んでいくか、どのような問題が起こり得るかを、想像力を駆使して考えて、答を書けば書くほど、準拠法に頼らなければならない範囲はどんどん狭くなっていきます。つまり、準拠法に頼り過ぎないで、まず契約書の中に答を書いておくことです。

でも準拠法条項は必須です

とは言え、すべてあらかじめ考えて契約書を作るのは、経験と、時間と、お金がかかります。多分不可能に近いでしょう。予想もしていなかった問題が起こることがあります。そういうときは準拠法に頼らざるをえません。だから Midnight Clause ではあっても、準拠法条項は必要なのです。

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