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「人の目を気にしない」のバランス感覚


日本人は人の目を気にしすぎる。

なんてよく聞きます。

人の目を全く気にしないなんてできるのでしょうか。
客観的な視点で見るのが大事とも言います。
両者は相反するものなのでしょうか。

少し違うような気がします。

頭の整理も兼ねて、
つらつらと書いていこうと思います。


「人の目を気にする」
を一旦良くないものだと定義したとして、

その理由でありそうなものを考えてみます。

言い換えるとすると、
人にどう思われるか
を気にするということでしょう。

そして、それをより具体的に言うと、
人から〇〇のように思われたい、〇〇のように思われたくない。
という自分の中での設定から外れたくない。

ということになるかもしれません。

この〇〇の部分。
そこに何が入るのか。
無意識で、認識できていなかったり、
世の中で言われていて、自分の腑には落ちていなかったり、
自分の枠から逸脱しすぎたものだったり、

それによっては、
良くないこともあるかもしれません。

人の目を気にするというのは
実は客観的らしい姿していても、
とても主観的なのかもしれませんね。


人からどう思われるか。
大して人は他人のことを気にしていないことが多いので、
自分の頭の中で一人相撲しているような状態とか、
いない幻と戦っているような状態とか、

人の目という
ありもしないものを
自分の中で作り出し

その実像を確認せずに、
勝手に作り出した自分の想像と
格闘している。

それが「人の目を気にする」
と言えるかもしれません。


まあでも、
身なりは整えますし、マナーは守ろうとするし、色んな場面で、他人の目を気にはしますよね。

男子校、女子校では
色々適当になっちゃうことも多いと
色んな媒体で見たことがあります。

見られてるという感覚は、
必要最低限あれば、
いい方向に働きますよね。


結局言葉遊びなのかもしれません。


言葉に引っ張られて、
実際の状況の把握が歪む。
ということは良くあります。

それを言語隠蔽効果とも言います。

バイアスの分野で勉強しました。


人の目を気にすると一言で言っても、
それを具体化すると、上記のようになり、
シンプルに他人の目を意識することと、
微妙にニュアンスが変わります。

なので、

自分の中でのバランス感覚が重要なのだろうと思います。


人の目は気にする。
だけど、
それは客観的な視点として。

人の目は気にしない。
それは客観的に思えても、実は主観的な自分自身で作り出した思い込み。
みたいなものに振り回されないようにする。


バランス感覚は人それぞれ。
その日によっても違います。
猿も木から落ちる。
犬も歩けばなんとやら。です。


やはり
自分の感覚と向き合うこと。
対話をすることが重要なんだと思います。


そして究極はそんなことすら考えない。


人と比べないようにしよう。
人の目を気にしないようにしよう。

もう気にしてますもんね。


どうやって歩いているのか、立っているのか、を説明できないくらいの領域で

それが出来る様になった時、

かなり生きやすくなっているんじゃないかなと、想ったりしました。


あなたは、
「人の目を気にする」
をどう思いますか?

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