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「冥界ラジオ」ep1:あなたの地獄を聞かせて|創作大賞2024

《あらすじ》
地獄の入り口から発信するラジオ番組「冥界ラジオ」
メインパーソナリティのニムラは、地獄ジョークを交えつつ、リスナーが抱える多種多様な地獄を明るく軽快に、時に真摯に話を聞く。

〝ある日突然自分の顔の一部が受け入れられなくなった〟〝パートナーの浮気発覚以降、相手の全てを疑ってしまう〟〝この世界が地獄だと気付いてからどう生きればいいかわからない〟リスナーから届くのは現実世界では人に話すのを躊躇うような地獄に纏わる話の数々だった。

どうしようもない地獄をどうにか生きていくために。「嘆くのはやめて、いっそ地獄で踊ってしまおう」地獄を歩く人の半歩先を照らす、ほの暗(ぐら)地獄エンターテイメント小説。

エピローグ

暗い部屋、床に転がったままの私。
気持ちが落ちてる時は暗い部屋にも低い位置にもいてはいけないってどこかの誰かが言ってたっけ。分かっているのに、体が鉛のように動かない。せめてお腹に何か入れなければ、余計に悪くなる。

そもそも、何時間こうしているんだっけ。

閉ざされた部屋で、地の底にひとり残された感覚。気力が湧かなくて、でも現実と向き合う余力もなくて。何かをしていないと気持ちが落ち着かず、何度も携帯から手を離しては意味もなく触ってしまう。

暗闇の中で青白く発光する携帯画面。
ネットサーフィンをするこの指だけが今の私の生命線。頭の中を文字が滑っていくのがわかるのに、ひたすらにやめられない。

流し見ていたSNSのTLには人の幸福も不幸も一緒くたに並んでいて、自分が生産性のない時間を過ごしている間も世界は忙しなく動き続けているのがわかる。ああ、疲れるな。そう思ってSNSを閉じて、次はどうしようかなんて考える間もなくラジオアプリを開いた。ラジオ自体はたまに聴いていたものの、流れたのは初めて聴くラジオ番組だった。

笑いを誘うような軽快な喋りに、時折混ざるじっとりと湿度をもった暗くて重いこちら側のはなし。メインパーソナリティだと思われる男の声が静かな部屋に唯一の温度をもって浸透していく。

ラジオって不思議だ。
話してる人の姿も顔も見えないのに、円になってみんなと話している気持ちになる。

耳に入る声を聴いたその日、指先からいのちが繋がったような気がした。

衝撃だとか運命だとかそういう強いものではなかった。でも、わたしはこのラジオのなかに灯る灯りをみた。それはまるでベッドサイドの灯のような、手のひらに収まるおもちゃのライトのような、決して明るくは無いけれど、暗闇をぼんやりと照らすには十分な、小さな灯り。




ep1あなたの地獄を聞かせて

「地獄の住人さん、こんばんは。ニムラがお送りする冥界ラジオ。今宵も地獄の入り口からラジオをお届けします」

時刻は深夜2時。番組が始まることを告げるチャイムが流れ、メインパーソナリティの男がそっと話しかけるように語り出す。

「いや〜まだ春本番じゃないのに、もうすっかり春みたいな陽気らしいですね。3月で気温が20度もあれば、急に日向は暖かいし、夜風は生ぬるいし……みたいな感じになってるんじゃないですか。それで街にはシャキ、パリ、っとしたキラキラの人間が増えてきたりさあ……。それって、半地下の部屋からいきなり二面採光の部屋に移ってきたような、写真編集後のハイライト2割増しみたいな。ん〜〜気持ち悪い!……いや、気持ち悪いじゃないな。なんかむず痒い!むず痒くない?」
ニムラは肩をすくめ腕を掻きむしる。

「春はなんていうかこう、心の雑木林がざわっと吹き荒れるような、バサバサ〜と揺れる感じ。肌に合わないのよ。これを聞いてる地獄の住人のみんなもぜったいこっち側だと思うんですけど、どうですかね」

PCからラジオの掲示板を通してリスナーの反応をみる。
「地獄に季節なんてあるのって?これがね〜ないんですよ。太陽が届かない場所にあるからね」

そう、地獄に四季なんてものはない。春になったら花が咲き、夏になったら蝉の声が聞こえる。移り変わる季節を感じられれば、地獄の責め苦にも正気を保てそうなものだが、彼らに時間と日にちの感覚を教えるものはない。よって、地獄に来て間もない人間が最初に陥る苦しみは時間の感覚を失うことだろう。

「そうそう。春って何かと環境が変わることが多いじゃないですか。職場の異動だったり、学生だとクラス替えがあったり、自分の意思とは関係なく唐突に起こされる環境の変化ほど安易に地獄を連れてくるものはないよね。まあこれは環境の変化があまり得意ではない僕の持論ですがね。ということで、今日のオープニングテーマは「あなたの地獄はどこから?」です。お便りの受付はインターネットで「地獄の語り場」で検索してね〜」

ラジオのメインパーソナリティであるニムラが話し終えたと同時に、BGMが流れラジオはCMに入る。

「どう?サキモトさんは春とか得意だったタイプ?」
ニムラの前で腕組みをして座っているサキモトが口を開く。
「季節に自分の情緒をコントロールされてたまるか。まあ強いていうなら夏は生きてるだけで気力と体力を吸い取られるから嫌いだな」
髪の毛をかき分けスーツを着た姿はどこぞのサラリーマンそのもので、とても地獄の装いだとは思えない。サキモトは50歳を目前に控えた冥界ラジオのディレクターを務める男だ。ラジオの放送中もニムラと一緒にスタジオに入り進行をサポートしている。

ニムラとは付き合いも長く、仕事の枠をはみ出た世話を焼かされることもしばしあり、気苦労が多いという。

「うわ〜サキモトさんぽいわ〜まあでもそれは同感。あんな暑さで人間生かしちゃだめでしょ。人体設計し直さないとこの先生きていけないよ〜僕らが再び舞い戻る日までには新しいボディ用意しといてねって感じ」
自動体温調節機能みたいなのがあればいいと思ったが、便利になればなるほど寿命が延びてしまうかもしれないと思うと、それはまた嫌だなと思った。
「おい、CM開けんぞ」
「はいはーい。PC貸して〜」

人が深い眠りについているはずの深夜2時に「冥界ラジオ」は始まる。

ラジオの番組表には「放送休止中」と書かれているが、この時刻にチャンネルを合わせれば地獄の入り口から電波が届く。公にはされていないこのラジオを聞くのは、深夜にこのラジオまで辿り着いた地獄を抱える現世の人間と、地獄の真っ只中にいる地獄の罪人たち。ラジオではリスナーのことを地獄の住人と呼んでいる。

「オープニングテーマはあなたの地獄はどこから?ということで、さっそく反応が来てますね〜。みなさんお便りありがとうございます。どれどれ」

冥界ラジオではリスナーからのお便りやSNSのようなリアルタイムで感想を投稿閲覧できる掲示板は、すべてインターネットサイトの「地獄の語り場」に集約されている。リスナーから届くお便りはラジオスタッフのみが閲覧でき、掲示板はラジオを聞いている人間が自由に利用することができる。

「お題は、あなたの地獄はどこから?ということで、ラジオネームMKさん。自分の顔にホクロがあると気がついてから。ずっと前からあったはずなのに今までは特に気にしてこなかった。でも、この間自分の顔にあるホクロが急に目立って見えて、それから鏡が視界に入るたびに気になってしまう。学生だから今すぐに取ることはできないしどうにもできないのが辛い」

 ニムラはうーんと呟き一呼吸置いて喋り出す。
「ホクロかあ。確かに今まで気にも留めなかったことが急に気になり始めることってあるよね。認識した途端視界に入るというか。それに思春期だとどうしたって周りの視線が気になって、容姿に敏感になりやすかったりするよね。

「学生でホクロを取るとなると金額面とかその他まあ色々と手間もあるだろうから、化粧とかで目立たないようにするのが一番身近な解決策なのかね。まあでもどうだろう。本人的には気になって仕方ないかもしれないけど、友達とか家族の顔のどこにホクロがあったかって案外覚えてなくない?ちなみに僕は数秒前にも見たサキモトさんの顔のホクロの位置はわかりません!」

ゲラゲラと笑い、目の前に座る無愛想なサキモトの顔を見てみると、左目の下にホクロがあった。目なんて顔を見て話していれば覚えてそうなものだが、実際の人の顔の認識なんてこんなものだと思った。多くの人間が一番興味があるのは自分だけだ。

「次のお便り。ラジオネーム韓ドラ熱高めさん。彼の浮気発覚後からです。付き合って2年経つ彼氏が浮気していることに気がつき、相手に問い詰めたところ浮気を認めました。彼と話し合った結果、気持ちが浮ついていて行ったことなのでもう決してしない、と話されたので、今後も関係を続けることにしました。私は彼を手放したくない気持ちが強くこの道を選びましたが、日常の些細なことで彼を疑うようになってしまいとても疲弊してしまいます。私はこれからどうしたらいいのか、自分でもわかりません」

「うーん、そうだねえ」
前に伸ばしていた足を後ろで組み直す。恋愛経験が全くないわけではないが、この手の悩みは人間2人の問題で、個々の性格も望む答えも方向性も千差万別だ。自分の視点だけで語ってしまうのは果たして正しいのかといつも迷いながら答えている。

「目の前の相手を信じられなくなったら区切りをつけたほうがいいんじゃないかと僕は思いますね。信頼できない人間同士の関係って不毛な気がする。そこに愛はあるのか〜い?って。愛じゃなくて執着じゃな〜い?ってね。まあそれもそれで一つの愛の形かもしれないし、実際浮気を許容してそのあともいい関係を築いている例もありますからね。本人たちが望むのならどんな形があったっていいんじゃないでしょうか。重く考えずに自分がしっくりくる方向に進んじゃってください。考えなんてやっぱや〜めたでいつでも変えていいんですから」

ねっ、とリスナーに見えるはずもないウインクを決める。

「や〜見えていない知らないだけできっと我々が知り得ない愛の形もあるのでしょう。そもそも愛なんてものは口に出すことが少ないぶん本人だってどう認識しているか定かではない。今はなんてったって多様性の時代ですからね。地獄界もどんどん古い知識をアップデートしてほしいもんですがね……っと」

窓の向こうに見慣れた顔が見えて思わず口をつぐんだ。喋るのに夢中になって来ていたことに気がつかなかった。泣く子も黙る閻魔王の来訪だ。緊張からか一瞬で体がカッと熱くなる。人の身体というものはなぜこんなにも正直なのだろうか。

「あ〜ごめんね、ちょっと嫌〜な用事があるの忘れてて、ついうっかり。気を取り直して次のコーナーにいきましょうか。我こそは!地獄の◯◯ランキング〜!」
パフパフパフパフと効果音が鳴る。
「このコーナーでは、毎回地獄の◯◯というお題に沿って回答を募集し、僕が大賞を決めるコーナーです。今日のテーマは地獄の食事ランキングです。お便りの受付はインターネットで「地獄の語り場」で検索してね〜」」

ラジオの内容にそぐわない陽気なジングルが鳴り、CMに入る。マイクの音声を切り、スタジオの外にいる待ち人の元へと向かった。触ったドアノブがうっすらと濡れた。自分の汗だ。

「すみません、来るの忘れてました。そういえば今日顔出しに来るっておっしゃってましたね、閻魔王」

「挨拶など終わってからでいい。遅れたらどうする。さっさとスタジオに戻りなさい」
「天下の閻魔王が姿を見せておいてそんなことできるわけないでしょう。それとうちのラジオはそんなに根詰めてやっていないので。多少の前後くらい何も問題ありません」
「〝うちのラジオ〟とはお前も随分板についたみたいだな」
「おかげさまで」

この世界を取り仕切る閻魔王。その存在はおとぎ話の世界だと思っていたから、初めて見たときは本当に存在するのかと驚いたものだ。黒髪を後ろに流し括り、髭を生やし、その大きな体躯を見せつけるかのように胸を張って歩く様は流石の貫禄だ。

「地獄会もアップデートをしている最中だよ。まあその封切りとなったのはお前が来てからだがな」
向けられた視線は目から入り込み頭の中まで射抜くような強さがある。

たまに、こういう人間がいるのだ。
こちらがどんなに言葉を用意していても、一言目の後には全て用済みになり、自分が薄っぺらい人間になったかのように思わせられる人間が。間違ったことなど言っていないはずなのに、途端に不安になる。今でこそ耐性がついたが、見つめられたら逃げられないようなこの目が昔は嫌いだった。まるで獲物を見定める鳥のような目だ。

ボフン、と体重をかけて思いきり椅子に座り込む。CM明けまであと数十秒。テレビと違って表情が抜かれないから、こういうときはラジオでよかったと心底思う。

「あーあんなおっかないおじいちゃんが見てると思うと、やりにくいったらありゃしないよ。サキモトさんさっさと追っ払って来てよ」
手持ち無沙汰でいると落ち着かなくて、椅子をくるくる回す。調子に乗って回しすぎたせいで少し気持ちが悪い。不機嫌な顔を隠すことなく、顔をしかめて文句を垂れる。
「ディレクターの俺がこのラジオの創設者である閻魔王に意見できると思うか?無茶を言うな」
「ディレクターならパーソナリティである俺が居心地よく円滑に番組を進められるように動いてよ」

屁理屈を言っている自覚はあるが、つい喋り続けてしまう。そう言う意味では、ある日突然与えられたパーソナリティというこの役割は自分に合っているのかもしれないと思った。都合が悪い時に出る言葉は隙を突かれたら一撃で終わるような、芯が通っていないふにゃふにゃの棒のようだ。

ふーと呼吸をし、力んでいる身体から力を抜いて、一度天井を見上げる。そして目を瞑ってもう一度深く呼吸をすると、波立っていた気が少しだけ治った気がした。ラジオのCMが明ける。

「えー地獄の◯◯ランキングの今回のお題は食べものということで、地獄みたいな食べものや地獄のような記憶と結びついているトラウマ料理とかね。そういったものを募集したいと思います」

「ラジオネーム浮雲さん。放課後に何人かの友達とお茶をしながら話していたら、友達と好きな人が被っていることがわかりました。周りの子も知っていたみたい。私もその人が好きだなんて言えなくて、気が付いたら手に持っていたカップアイスがぐにゃって溶けてました」

文章からは肩を落として落ち込む少女の姿が容易に想像できる。学生だけに限った話ではないが、狭い世界での恋愛は本来しなくていい苦労も背負い込んでしまうこともあるのだろう。

「いやこれは溶けちゃうよ、アイス。アイスって気がついたら溶けはじめのカウントダウン始まってるし。こういうのって引っ張れば引っ張るほど打ち明けづらくなっちゃうと思うから、言っちゃった方が楽だとは思うんだけど難しいね。友達との関係性にもよるかなあ」

「次はラジオネームひるねクラブさん。長い間家に引きこもってた時にたまの贅沢するぞと思って高い羊羹を頼んだら、数日後にカビ生えてた」
すかさずニムラはツッコミを入れる。
「それは地獄すぎる!」
イヤアァァと叫び声の効果音が入る。
「引きこもってる間のたまの贅沢に頼んだ羊羹が?カビ生えてた?そんな悲しいことある?あれか〜日当てちゃってたとかかな。まあでも引きこもってる時って朝のうちはカーテン締めがちじゃない?違うか」

引きこもっている時ーすなわち人との接触を絶っている時は、朝の光や人の目に晒されることが何よりも不快だったように思う。明るい場所というのは全てを浮き彫りにする。その点ここは日の光など入らないからある意味過ごしやすいのかもしれないが、それはそれで気が塞ぐものだ。

「ラジオネーム来世は猫がいいさん。仕事が辛くてせっかく作ったお弁当を食べきれない。お昼休みになるとトイレに篭るかお弁当を少し口に運んでは机に突っ伏してしまう。残した弁当を捨てることができなくて、この間は付き合いの飲み会に行く前にトイレの個室で食べた」

発する言葉を落とし込むのに少し間があく。このラジオをやっていると、古い傷を認知するような、身に覚えのある話が回ってくることがある。それはきっとパーソナリティの自分だけに限ったことではない。食べ物が喉を通りにくいあの感覚は辛いものだ。わかるよ、とそっと心の中で呟く。

「食べられないかもしれないのにお弁当を作り続けるのは、君の自分自身への思いやりで成り立ってる行為だ。すごいことだからね。ご飯はそうだな……食べやすいようにスープにご飯入れてかっ込むのも一つの手だし、ご飯に限った話じゃないけど選択肢ってひょんなところから見つかることも多いから。とりあえず今日はこのラジオをさっさと切って寝てしまいましょう」


この便りの相手はきっと眠れないでこのラジオを聴いているんだろうとは容易に想像がついた。眠れても、眠れなくとも、あと数時間で夜明けはくる。きっと朝が来るのが怖い彼が、自分から言われた寝てしまいましょうの一言で少しでも安心して眠れていたらいいのにと思った。

「今回の地獄ランキングの大賞はひるねクラブさんに差し上げたいと思います。番組特製ミニ懐中電灯をお送りしますので、今度羊羹を食べるときはライトで照らしてカビがないかチェックしてください〜。ということで今日は僕が子守唄を歌いながらのお別れです。ありがとうございました。また地獄で会いましょうね」

ラジオの終わりを告げるのは不協和音ギリギリの奇妙な音色のジャズ。不快にも取れる音だが不思議とその一線を越すことはない、妙に癖になるメロディだ。

ニムラは音楽に合わせるように子守唄の鼻歌を器用に歌う。部屋の外にいるであろう閻魔王にも聞こえてあわよくば永遠に眠ってしまえと思いながら。



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