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これからの医学は伝え方で変わるかもー医者とコミュニケーションの話

Egg Stellar make a future Lifestyle Vol.1

このコンテンツは、医療や健康経営、生活環境を中心に、数年後のライスフタイルを対談形式で読み解いていくレポートです。
語るのは、株式会社Egg Stellar(エッグステラ)代表の平井孝幸と技術顧問で医師でもある武部貴則
ビジネスマンとドクターによる1歩進んだ視点と発想のきっかけとなるアイディアを、不定期にお伝えしていきます。

第一回目は、未来の医療を変える可能性を秘めた『広告医学』。その提唱者である武部が医師を目指したきっかけと広告医学が生まれるまでのストーリーを追いながら、日本の医療体制の未来について語っていきます。

医者嫌い家系から産まれた新進気鋭の若手医師

さて皆さんは今年、病院に行きましたか?
健康そのもので行く必要がないなら素晴らしいことですが、どうも病院は苦手、そんな「医師嫌い」「病院嫌い」の人たちは意外と多いそうです。これらを解決するためには、どんな方法があるのでしょうか。

平井孝幸(以下平井):早速ですが、武部先生といえば社会的にはiPS細胞の研究者として知られています。ですが、実は『広告医学(AD-MED)』という分野の開拓者でもあります。そしてこの『広告医学』分野が僕の専門である『健康経営』に深く関わってくるのではないかと思い、一緒に取り組みをすすめています。ただ、まだなかなか知られていない学問でもあります。簡単に説明していただいてもいいですか?

武部貴則(以下武部):『広告医学』とは、デザインやコピーライティングのようなわかりやすくて、しかも生活に密着しているような広告的視点を医療現場に取り入れることで、患者さんを含む一般の方々の行動まで変えていけるようなコミュニケーションを研究するものです。生活者の目線からさまざまな医療問題の解決を目指す体系を目指しています。

平井:初めて広告医学の話を伺った時は、医師から広告という概念を聞くことになるとは思っていなかったので驚いた記憶があります。そもそも武部先生は、どうしてこれを始めようと思ったのですか。

武部:きっかけとなると医師を目指したこととかなり関わってくるので、小学生時代にまで遡ることになりますね。もともと私の周りは医者嫌いが多くて、父母も祖父母もそろって「病院の世話にはなりたくない」と言っているくらいでした。そんな家系ですから結構怖い目にもあっていて、実際父親は私が小学生時代、高血圧で200~300mmHgもあった(※編集部注:人にもよるが正常なのは139mmHg以下)のに薬も通院も拒否した結果、30代の時に脳卒中で倒れてしまいましたから。


平井:それは衝撃的な経験ですね。

武部:母親も、血液検査の結果が悪かったからもう病院に行きたくないとか行っちゃうタイプなわけです。逆ですよね! 怖いから行きたくないじゃなくて、怖いから行って欲しい。僕の周りはそういうタイプが多いんです。

平井:不思議なのですが、そんな環境下でどうして医者になろうと思ったのですか?

武部:小学3年生の頃の体験が大きかったです。父が倒れたのは仕事中で、病院から数分の位置にある建設現場。自分は倒れた瞬間は見ていないので、数ヶ月入院して社会復帰するまでの父の回復プロセスだけを見て過ごしたわけです。結果的に医療の凄さを刷り込まれていったんですね。さらに父がいない間私の面倒を見てくれていた祖母から「お父さんを救ったのはお医者さんで、凄い人なんだよ」と刷り込まれていったわけです。父親を救ったことで僕も救われているし、家族も救われているしすごいインパクトだなと思って刷り込まれていったんです。

平井:なるほど。ですが今の話だけでは広告医学の発想に至ったのかまだわかりません。

武部:そこに至ったのは医学部に入ってからですね。父は瀬戸際の治療のおかげで助かりましたが、そもそも医師として、そういった状況に至る以前に対処できていないことがそもそもの問題だったのではという課題意識が出てきました。もしかすると、父の病気は予防できる範囲の疾患だったのに、それができなかったのは父が医師とコミュニケーションをうまくできなかったせいではないかと。これは医師嫌いの話にもつながってくるのですが、多くの人が抱く医療に対しての恐怖感や忌避感、または医者に言われると嫌な気持ちになる感覚などは、コミュニケーションの問題が大きいなと感じたんです。

これからの医師に必要なのはコミュニケーションだ!

武部:医学部で学び始めて感じたのは、前述したコミュニケーションの問題を解決するメソドロジー、方法論が全くないなということです。もっと言えば、一般の方と医師がコミュニケーションを気軽に取れるインターフェイスがないことで、疾患の発症まで放置されていることが結構あるのではないかと。そんな中、医学には予防などを視野にいれた社会医学と呼ばれる研究領域があることを知りました。医学には基礎医学、臨床医学という2つの大きな体系があるのですが、そこに加わるもう1つの柱として社会医学がほぼ同じ重要性で教えられていたのです。最初その存在を知った時には、コミュニケーションに関する取り組みというのは社会医学に内包されるのではないかと期待していました。ですが、社会医学ではどちらかというと疫学や統計学的な内容、例えば「血圧が高いと将来の疾患発症リスクをこれだけ高めます」「塩分を減らすことが疾患リスクの低減に効きます」とか「タバコが喉頭癌のリスクをどれだけ高めます」など、数字的なものを勉強する内容だったのです。

平井:いくら数字的にリスクや問題点を明らかにしても、コミュニケーションを実践するための方法論についての内容が不完全だなと、学習する中でわかってきたということですね。

武部:そもそも医師は疾患が発症してからが仕事の中心です。治療をするプロフェッショナルであるのは間違いない。しかし最近の疾患の質が生活習慣病とよばれるようなものが増えてきたために、現代医学が対象としなければならない領域がどんどん幅広くなっている。それこそ予防や早期介入、早期発見などが医師のミッションとして言われるようになってきています。とは言うものの、実際にミッションを達成する術がないという感じです。だから一般の人は、医師は治療するものだから、問題が起こってから入ってくる人というニュアンスで捉えている部分が強いのではないでしょうか。

平井:なるほど。そこで必要になってくるのがコミュニケーションな訳ですね。その一つの答えとして選んだのが広告分野だったと。

武部:そうです。クリエイターさんと呼ばれる人たちが関わる広告などのクリエイティブ領域にその答えがありそうだなと思い始めたのが大学3年生の時でした。広告領域の視点を取り入れることでソリューションにつながることがデザインできそうだなと思って、なんとなく発送したのが広告医学だったんです。それを言葉にして「これってもしかしたら基礎医学臨床医学についで大事な学問になるかもしれないよ」と周りの人たちに伝えていたら、大学5年生の時に誰かがR25という雑誌の「広告会社が未来を変えるアイデアを募集」と言う話を紹介してくれました。「お前がやっている広告医学がはまりそうじゃん」と言われて、その通りだなと笑。すぐに窓口である電通・博報堂のイベントに応募しました。医療系からは僕しか応募しなかったらしく、広告医学が受賞することができたんです。そこからですかね、社会にちょっと出るようになったのは。

平井:当時勢いのあったR25をきっかけとした受賞とは凄いですね。私も毎号読んでいました。

将来は地域医療を支える新しい人材が必要になるはず

平井:ちなみに、広告医学で医師嫌いや病院嫌いにはどうアプローチしていくのでしょうか。具体的に言うと、先生のお母さんのような方だとどうすればいいのでしょう?

武部:広告医学でも非常に難しいと思うんですけどね。うちの母なら、その原因の根本は「知る恐怖」なんですよ。何か問題があった時にさらに知っていくことが怖い。数年前ですが、「足にほくろみたいなのができて広がっている気がする」と言うわけです。医学部では〈足裏〉〈ほくろ〉〈おおきくなる〉=メラノーマ(悪性黒色腫というがんの一種)と習います。心配して早く病院に行ってよと言うのだけども、「行ってメラノーマだったらどうするの」と言われてしまう。本来は安心や治療を得るために行くものなのに、知ることで病気になるのが嫌だという恐怖心があるんでしょうね。矛盾ですけども。

平井:よく聞きますね。病名がついたらその病気になってしまうと。健康経営の事例でいうと、多くの腰痛持ちの社員が病院に行かず、自分で治そうとしてしまうことに近いかもしれません。例え生産性が下がってしまっても、知る恐怖から逃げようとしてしまうのでしょう。

武部:悪化する前に病院へ行って欲しいですよね。僕もメラノーマの件では、対処法があることを伝えました。つまり、早く行くことで治る術があるという伝え方をしました。今はサーチエンジンで調べると悪いことばっかり書いてあるんです。「メラノーマ 予後 悪い」みたいな。これを払拭するには新しいコミュニケーションの仕組みが必要だと思っています。本来なら医者がコミュニケーションするべきなんでしょうが、なかなかできません。かといってキャンペーンをやればいいのかと言われたらそう簡単なものでもない。

平井:病院が嫌いなのに、行けというのは酷ですよね。本当は不安だけれども病院に行く勇気がない時に、気軽に相談できるような場所があればいいと感じている人は多いのではないでしょうか。

武部:そうですね。これも医療がもうちょっと近いものになれば解決できるはずなんです。海堂尊さんの『チームバチスタ』の中にも登場する〈愚痴外来〉というのがあって。そこでは別に診療行為はしないで、雑談するだけという設定なんです。愚痴を言うだけの外来みたいなのを洒落っ気を効かせてやっていました。こういった敷居の低さが必要なのかもしれません。それに近いような、家庭医やかかりつけのような医者というバリアのハードルをグーッと押し下げたようなプレイヤーが入ってこないといけないのかなと。今いるバリバリ治療するプロフェッショナルとは完全に棲み分けた、求められる才能もスキルも違うような仕事が必要になるでしょうね。特に地域や地方の、医療に触れる最初の部分になる人たちにはコミュニケーションスキルが必要になりますよね。僕が母にやったようなことをやるような人という、敷居のものすごーく低い治療レベルではないことをやってくれるようなプレイヤー。

平井:そう考えると、確かに医療業界全体のコミュニケーション力をあげる必要はありそうですね。国内外で、コミュニケーションを上手く行うことで成功している事例はあるのでしょうか。

武部:例えばバングラディッシュでは『コミュニティクリニック』というのが作られていると聞きました。そのクリニックは看護師やコメディカル的な人が常駐していて本当に雑談に近い、それこそ「生活のことで困りごとないですか」のようなレベルのコミュニケーションができる場所なんじゃないでしょうか。そのような軽い感じが利用しやすさを作り出しているそうです。日本もかかりつけ医などの仕組みを国の戦略レベルで行なっているのですが、まだまだ根付いていません。

平井:その仕組みを作る際に、担当は医師である必要はあるんですか?例えば保健師、看護師でも有益なアドバイスはできると思うのですが。

武部:医師である必要はないと思います。他の事例ですがアメリカのカリフォルニアで流行り始めている『ファストオピニオン』というのがあります。特に妊婦さんが利用しているらしいのですが、出産前に出てくる色々な心配事を『LINE』のようなチャットで気軽に送ると、コメディカルが答えてくれるという仕組みです。もちろん重大な質問は医者が答えてくれます。これくらい手軽になると、利用しやすくなりますよね。ただ、日本の場合はなかなか参入障壁も高いのが現状です。ですから、事業者側はもちろん、我々医療側からも声を上げていかないと日本では難しいと思う。

平井:面白い仕組みですね。簡単な医療の質問などのコミュニケーションをとる新しい資格とかができてきたりすると、一気に進みそうです。

武部:面白いですね。中小企業診断士的なものでコミュニケーションコンシェルジュとかメディカルコミュニケーションプランナーとか。そういった職種を立てていくのは大切かもしれませんね

平井:武部先生が所属している東京医科歯科大学や横浜市立大学などの研究・医療機関を中心に作っていくのが大切でしょうね。まさに病院と一般人をつなぐ架け橋になってくれるイメージです。その資格を持った人たちが企業に居て、産業医と一緒になって働く人たちの軽度の健康リスクを低減していったりすると健康経営にも確実に役立ちます。将来的な国の予算の削減にもつながるかもしれない。ただし、かなり高度なスキルが必要ですよね。医師ほどではないにせよある程度包括的な医療知識を持ち、なおかつコーチングを活用し人に主体的な行動を促せるようなスキルが必要になってくる。

武部:意外と接客商売じゃないですけど、そういうトークスキルが高い人たちが向いているかもしれません。最近だと地域包括ケアと言って、社会福祉士や介護士が高齢者と寄り添うようにケアをする仕組みがあります。ここで行われる仕事はほとんどコミュニケーションです。このコミュニケーションをとる仕事が増えてくる動きが加速すれば、将来的には、医療の裾野を広げるような役割を担ってくれるではないかと思っています。

対談者紹介

平井孝幸(ひらい たかゆき)略歴
株式会社Eggstellar代表取締役社長
東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター 研究員
DBJ(日本政策投資銀行)健康経営格付アドバイザリー委員会社外委員
JWCLA(日本健康企業推進者協会)事務局長
健康経営アドバイザー。DeNAで働く人を健康にするため2016年1月にCHO(最高健康責任者)室を立ち上げる。働く人のパフォーマンス向上をテーマにした多岐に渡る取組みや人事、総務、産業医との連携が評価され、2年連続して健康経営優良法人2018(ホワイト500)を取得中。
武部 貴則(たけべ たかのり)略歴
株式会社Eggstellar技術顧問
シンシナティ小児病院 オルガノイドセンター・副センター長
東京医科歯科大学 統合研究機構・教授
横浜市立大学 コミュニケーション・デザイン・センター・教授
2011年 横浜市立大学医学部医学科卒業。同年より横浜市立大学助手(臓器再生医学)に着任、電通×博報堂 ミライデザインラボ研究員を併任。2012年からは、横浜市立大学先端医科学研究センター 研究開発プロジェクトリーダー、2013年より横浜市立大学准教授(臓器再生医学)、独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ領域研究者、2015年よりシンシナティ小児病院 消化器部門・発生生物学部門 准教授、2017年より同幹細胞・オルガノイド医療研究センター副センター長を兼務。2018年より横浜市立大学教授、東京医科歯科大学教授を兼務。

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