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さとりをひらく。そしてとじる。

クレーマーとの戦い。私の人生の何分の一を占めているだろう。
私は接客業という仕事柄、「やばい客」というのによく出会う。
でもそれだけでない。
これだけ自粛をしていて人と接触していないはずなのに、給料日を取りに行った先の銀行でなんだか絡まれたり、行きつけの弁当屋で店員に怒っている人と出会ったり、隣の住人がなんかいちゃもんをつけてきたりする。

フェロモンでも出てるか?私から。

絡んでくるのは全部クレイジーだ。美人が寄ってくるわけでもなければお金持ちと知り合えるわけもないフェロモンだ。役に立ちやしない。きっと私の前世は飛んでいる蝶の羽をもいだり、猫のえさをとりあげたりしたつまらない人間なのだろう。これだけ家にこもっているのにどうしてこれだけおかしい人に絡まれるのか。まあ、それはおいとこう。

先日、働いていたら女の子のアルバイト(Aさんとしよう)が私のところに駆け込んできた。
一言で言えば「救援要請」で、やばい客が来ていたので助けに来てほしいという事だった。

社員じゃなくてバイトリーダーの私のところに来るあたりが、いかにこの職場で上が信頼されていないかがわかる。もちろん、たまたま誰かを探していた先にちょうど私がいたというだけの話なのかもしれないが。
それはともかく、Aさんに絡んでいた厄介な男性客(恐らく60代)のところに私は向かった。話が呑み込めなかったが、向かった。

行くやいなや、だ。

「どれだけ待たせてると思ってるんだ!!!!」

のビッグボイス。マイクカービィならもうあと2回しか叫べない。
私はこの想定外の怒鳴り声に、頭がフリーズしてしまった。今までだったら、「何だこら」とか言い返していてもおかしくないのだが、前より年を食ったことで頭の回転が鈍っているのか、聖人度が上がったのかわからないが、あまりにも突然の怒鳴り声だったために怒りよりも驚きが勝った。だから、接客のセオリーも当然吹き飛んでしまった私は、

「あの、えっと、なんですか?」
「どうしたんですか?」

という火に油を注ぐ台詞を適当に吐いてしまう。

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「※▽〇?※!!!!!」

もう老人は血管が切れるんじゃないかというレベルで怒っている。
どうも、別の店員に質問をして回答待ちだったのに、店員が来ず待たされていたということで怒っていたらしい。それで、私なんかにどうしたんですか?と言われたらまあ、確かに怒る。
だが私のこのある種の「煽り」は、戦闘モードに入った時に起こる現象として時々ある。適当な事を話して時間を繋ぐ。相手は私の「無駄な煽り」に夢中になって怒る。この、「無駄な煽り」に敵が食らいついている間に私は混乱した頭の中を整理しているのだ。

さながら、呼吸を回復させている羌瘣だ。
キングダム読んでない人、すみません。

怒り狂う老人の寿命を何分か、何時間か削ったところで私は呼吸が戻る。
結果から言うと、

・老人は欲しかった牛乳がないことで怒っていた
・店員に問い合わせたが店員は対応してくれなかった

これが、老人が怒っている原因だった。
私はマスクの下で笑っていた。凄まじい怒りの底にあったのは、欲しいものがないというものだ。ママー!!とごねる子供と同じ感情ではないか?
老人の怒りを落ち着けるために、ジュラシックワールドのオーウェンが「easy...easy...」とブルーを落ち着かせるように私は老人を諭す。

「つまり、対応が悪かったということでご立腹なんですよね」
「どうしても欲しかったら個別に取り置いておいてくれと言っていただくこともできますが」

と説得。そうしたら、「迷惑をかけたくないから個別にどうこうはしない」と。言うまでもないが、大きなスーパーでバチギレしている人がいるのだ。来店している客は私とAさんとその老人のバトルをかたずをのんで見守っている。すでに迷惑はかかっている。どの口が言うんだコンテストがあったら1位間違いなしのレスポンスだ。補足しておくと、このおじいさんは待たされていたことで怒っていたが、誰に声をかけていたかわからなくなっていた。その後も何度も説得を試みるが、何度か経験したことがおこる。同じこと、怒っていることを何度も繰り返して言ってくるのだ。まるで壊れたおもちゃのように、延々と同じ動作を続ける。人という生き物は所詮部品が組み合わさってできているロボットに過ぎないのかもしれないと思えてくる。加齢に伴い感情が制御できなくなるというのは話には聞いていたが、どうやらただ感情が制御できなくなるだけではなさそうだ。記憶がごちゃまぜになり、ただでさえ制御されていない感情が暴走する。もちろん人によるのだろうが、私はこういう人とエンカウントした時には「もうボケ始めている」と思うようにしている。怒りの感情があまり湧かなかったのも、そのスイッチが入ったからかもしれない。正論が通じないと思った時、私の中から怒りの感情はさらに消えていった。

私はこの老人に、惻隠の情を抱くようになった。

「ああ・・・前頭葉が委縮しているんだ。この人は気づかないうちに老化が進んでしまっている。60歳だとして、あと20年生きれるだろうか。人生の三分の一は睡眠だとすると、実質14年くらいしか生きられないんじゃないか。でもその14年も、この調子だときちんと自分の意識をはっきりもって生きれるかどうかわからない。きっとこの人にも誕生を喜ばれた時期があり、就職が決まった時期があり、初恋があっただろう。そして家族もいて、様々な苦楽を経験して、今に至る。そんな人が、牛乳がなかっただけで見ず知らずの店員にキレ散らかす人間になってしまった。ああ、人生とはなんとはかないものなのだ。諸行無常・・・」

脳内でこんな読み上げがなされる。
こういう具合で、やばい老人というのにはパターンがあると最近感じている。思い込みが激しくなり、偽りを事実と信じ込み自分で作った事実に自分で怒っているのだ。
ごちゃごちゃ難癖をつけてくる隣の家のおじいさんもそうだ。以前、母親に「猫に餌をやるな!」と、猫除けをまいている母親に絡んできた。母親に反論されて隣家の老人は謝罪し引き下がった。謝罪できるだけまだギリギリ人間が残っているが、妄想にとりつかれている可能性は否めない。これからどんどん年が重なっていくと考えれば、早急に手を打った方がいい。

昨今、「アンガーマネジメント」という言葉が聞かれる。言葉自体はもっと昔からあったそうだが、怒りを制御するプログラムがあるらしい。私はそういうのを勉強しているわけではないが、このクレーマーたちのような人達を時として私は「脳が終わり始めた人」とカテゴライズし、処理することで怒りの感情と戦っている。

当たり前だけど、心の中ではこっちもそれなりに感情が燃えている

人間も生物だ。頭の良い人達が頑張って遺伝子を操作してみたり、薬を開発してみたりしている。それは素晴らしい面もあるが、やはり老化や死は止められない。もし仮にそれが叶ったとしたら恐ろしい。多額の金額が動いて戦争が起こるだろうか。格差がさらに広がるだろうか。今度はもっと恐ろしく肥大した人間のエゴが再び人間に襲い掛かると予想する。

結局、その老人クレーマーは私によって撃退された。
この時、私たちを上司格の人間は誰も助けに来なかった。
もっといえば、事を知ってからも大してケアはしてくれなかった。
バイトリーダー如きの私を頼ってきたAさんは筋違いな人間を頼ったという事で間違いないが、責任をもって守ってくれない大人が周りを囲んでいるのだったら、自分が信頼できると思う人に助けを求めるのはベストアンサーだろう。

Aさんは最近入ったばかりの新人でかなりのショックを受けていたので、私は彼女を早急にバックルームに下がらせて時間をとらせた。その時になってようやく他の人が心配してきた。
この文章を10代とか20代前半で読んでいる人がいたら知っていてほしい(もちろんそうでなくても)が、「メンタルが強い」というのは、「強いストレスに耐えられること」とは限らない。実は「逃げること」や「切り替える事」が強さの秘訣だったりもするのだ。

「泣いたっていいんだ・・・乗り越えろ」

と、私の中のシャンクスが降臨したりもした(してない)。そんなドタバタがあった日、私は自分の持ち場の仕事をすっかり忘れてしまっていた。時間を過ぎても仕事を終えられない私を助けに来たのは、立ち直ったAさんだった。

「手伝ってくれてありがとう。お疲れ様」

特に何を言うでもなく、私は仕事が終わったらさっさと帰る。
人一倍感情移入してしまうのに傷ついた人と時間を共にし、細部まで考え抜かれた策を人知れずめぐらし、機転を利かせる。終わってみればたくさんの傷跡が残っている身体をろくな手当もされずに去る。いや、ここで「傷ついたんだ」とか、「頑張ってるんだ」と主張するのは、私の中の「かっこいい」じゃないのだ。そうして私は今日も職場に風を吹かせる。こういってはなんだが、私は悟りを開いていると思う。

そして帰宅。
ため息をつきながらツイッターのタイムラインを追って、通知欄を確認。平和なタイムラインを見守ったところで風呂に入り、ひと段落つく。そして、プロ野球スピリッツAを起動。
リアルタイム対戦。
試合は同点で延長戦にもつれこむが、うちのチームの大看板投手の一人・石川歩のシンカーが、狙ったところに行かずホームランを打たれる。

どこに投げ飛んじゃこらカス!!ボール球要求しただろうが!!!!!

前言撤回だ。悟りというのは恐らく開閉式のものだ。簡単にとじてしまう。
私の感情はここにきてようやく表舞台に出る。そして、裏の攻撃でうちのチームの不動の3番・柳田が同点3ランホームランを放つ。

「ざまあみやがれ!!馬鹿野郎ーー!!!!」

もう一回前言を撤回しよう。「切り替える事」「逃げる事」よりも、一番怒りの感情に効くのは「一発のホームラン」な気がしてきた。この説をこれからは推していきたいと思う。

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