極度に効率を高めた練習 (譜読み段階) のしかた

【更新履歴】
2022年6月13日
● 速度を上げるための練習方法を一つ書き加えた。
● MuseScoreについて,以前はver. 3が出ても敢えてver. 2を使い続けていたが,その後の改善により今では3でもよくなったので,バージョンに関する記述を削除した。

2019年5月4日
● 投稿
 


 先日の復活祭のためにオルガンでいろいろなものを練習したが,その中で,私にとって決して易しくない曲だったにもかかわらず,残り日数が少なくなってやっととりかかったものがあった。残り時間の上で,あるいは曲自体のレベルにおいて易しくない課題に取り組むときにいつも用いてきたさまざまな方法を,今回も用いた。正直言って不安はあったのだが,それらの方法を信じた。するといつものように,譜面ができて練習を始めた時点から5日ほどで目処が立ち (荒削りながら本来のテンポで通して弾けるくらいになり),それから何日かでさらに安定させたり仕上げたりして,本番もうまくいった。このようにして,いつも用いてきたこれらの方法がやはり正しいことを確認したので,今回はその紹介をしたいと思う。その曲になかなかとりかからず,気づいたら残り日数が少なくなっていたこと自体については反省しているが。
 なお,練習法について大いに参考になる本として金子一朗『挑戦するピアニスト 独学の流儀』があり,私はその影響をかなり受けているだろうということを先に記しておく。

 念のため。「いつものように (……) 5日ほどで目処が立」った,と書いたが,ここでご紹介する方法を用いればどんな楽器でもどんな曲でもどんな量でも5日でだいたいなんとかなるという意味では決してない。当然,弾かなければならない量,楽器および曲の難易度,奏者の実力 (演奏技術,音楽的な文法・読解力,内的聴覚) によって,かかる時間は大幅に変わる。練習を最高度に効率化しても,5日ではなく5週間かかることも当然あるだろう。なおこれらのうち「楽器の難易度」についていうと,私が弾く楽器はたいていオルガンなのだが,多くの方は鍵盤楽器であればピアノを弾いていらっしゃると思う。ピアノの演奏はオルガンの演奏よりはるかに繊細なので (いわば,コントロールしなければならないパラメーターが桁違いに多いので),一般にオルガンの場合より多くの練習時間がかかるだろうと思う (少なくとも私の場合そうである。私個人の問題かもしれないが)
 というわけで,以下のようにすれば何日以内に譜読み段階がほぼ終わる,という保証はできないが,ともかく戦略なしに臨むより大幅に時間を短縮することはできるはずである。

 以下,5項目に分けて書くが,1と2は大した内容をもたないし,多くの方にとっては目新しいものでもないと思う。最も重要であり,かつわりとユニークだと思われるのは3なので,長いとお感じになったら3だけでもお読みいただきたい。
 

1. (譜面が固まっていない場合) 譜面を固める

 優れた作曲家がその楽器用に書いたものを弾く場合,本項はまず完全に無視してよい。ここで考えたいのは,オーケストラの代役としてピアノやオルガンで伴奏をする,というような場合である。求められている条件にぴったり適合する楽譜がない場合もあるだろうし,たとえあっても (堂々と市販されているものでも),あまりよく編曲されていないものは多い。音としてはよくても,無意味に弾きづらいものもある。そういうのをどう直して弾くか,なるべく最初にしっかりと決めて楽譜の修正をする。時間がない場合は特に,労多くして功少ない箇所があったらさっさと簡略化したほうがよい (自分の演奏技術との兼ね合いで,あるいはそれ関係なしにも,そうしたほうがきれいに響く場合さえある)。
 大幅な修正を行う場合は,既成楽譜に書き込むのでなく自分で一から譜面を作ってしまったほうが結局速いことが多いだろうし,何より安全だろう。読みづらい楽譜を用いると,頭の処理能力が余計なことにとられてしまい,練習の非効率化・本番での事故につながるからである。それに,自分で楽譜を作ること自体,その曲を覚えてゆくための土台を頭の中に設ける上でなかなか有効である。ちなみに私はMuseScoreを使っている。英語音名をパソコンのキーボードで打つことで音符を入力できるので速いのが気に入っている。
 修正楽譜ができたらとりあえず弾いてみた上でさらに修正し,できあがったら,縮小印刷するなり自分以外のパートの部分を切り落とすなりして,なるべく譜めくりのいらない楽譜を作る。
 

2. 指づかいを決め,書き込む (人による)

 これは人による。まず,指づかいをどの程度決めるかが人によると思う。私の場合は,ある程度以上難しい曲であれば,指づかいを最終的にほぼ100%一通りに決定し (どちらでもよいような箇所もどちらかに決め),それを覚えこむ。上で紹介した金子氏の本にも,一定の指づかいにしないと安定した演奏にはならない,と書かれている。
 指づかいを一通りに決定するか否か以上に人によるのは,それを楽譜に書き込むか否かだと思う。私の場合は,かすかにでも不確かさを感じたら即書き込むので (私の神経質な性格のためでもあるかもしれない),最終的には過剰なまでに指づかいの数字が書き込まれた譜面ができあがる。しかし,私の知るある極めて優れたオルガニストは,生まれてこのかた指づかいを楽譜に書いたことが全くないと言っていた。私が大学で習ったオルガンの先生はその中間で,全部書くのはやめなさい,要所要所だけ,とおっしゃっていた。そういうわけで,人によるとしか言いようがない。しかし,弾くたびに異なる指づかいになっていて,その結果いつまでたっても弾けるようにならない,という状態になっていることに気づいたならば,その箇所については直ちに指づかいを書いてそれを覚えこんだほうがよい,というのは間違いないと思う (そして,そもそもそんな状態になることがないよう,やはり指づかいは最初に決定して書くのがよいと私は思う)
 なお,短時間で仕上げる場合は特に,挑戦的な指づかい (いわば,95点のものを100点に上げるためにする不自然な指づかい) は避けたほうがよい。例えば,多少レガートを犠牲にしてでも,無理に手を開いたり,4と5の指を繰り返し交差させたりといった難易度の高い (別の言い方をすると,手がしっかりと目覚めていないといけない) 奏法は避ける。なるべく,無意識に手・指を動かしてもだいたいこうなる,というような指づかいにする (再び別の言い方をすると,手・指が最大限怠惰であってよいようにする) ことである。指づかいを決定する段階で,「どの指づかいが自分の自然な感覚にいちばんしっくりくるか」をよくよく自問するのである。これは,弾きやすさそのものだけでなく,覚えやすさ・忘れにくさにも大いにかかわってくる。
 指づかいを決めるときは,試しに本来のテンポでもその箇所を弾いてみて (弾こうとしてみて),本当に可能な指づかいかどうか確かめておくと安全である。
 

3. 暗譜する

 本番で楽譜を見るか否かにかかわらず行う。
 極度に効率を高めたい場合,暗譜は最終段階ですることではなく,最初にすることである。ふつうは,練習に練習を重ねて弾けるようになり,いつしか楽譜を見なくてもよくなる,というのが「暗譜」だと思われているだろう。そうではなく,最初から意識的に暗譜してゆくのである。その結果まずは,「暗譜はできているけれど,(本来の速度ですらすらと) 弾くことはできない」という,常識からすると奇妙な状態を通ることになるが,それでよい。
 全曲暗譜するのがもちろん最もよいが,本番で楽譜を見ながら弾く場合,ある程度以上難しい箇所に限定して行うという戦略も考えられる。
 暗譜すること,また最初から暗譜しようという姿勢で練習することの利点・効果はいろいろあるが,私としては,すぐ (諸条件によるが,たとえば数日で) テンポを上げることができるようになるということを特筆したい。どういうしくみでそうなるのかは知らないが,とにかくこれは少なくとも私においては事実である。数日でテンポを上げなければならないときはまず暗譜である。

 さてどのようにして暗譜するかだが,大切なポイントが3つある。1. 曲を小単位に分割すること,2. 頭の中でも練習すること,3. 細かく復習すること,である。

3.1. 曲を小単位に分割する

 人間の頭が一度に処理できる情報量には限度がある。そして,通常,まだ把握していない一曲全部というのは,一度に処理できる情報量を大幅に超えるものである。一曲全部がそうであるだけではない。16小節でも,8小節でも,4小節でもまだ多すぎることが多い (もちろん曲の内容によるが)。だから,まず2小節なり1小節なり,ときには半小節なり,とにかく自分の今の頭でなんとか一度に把握できそうなところ,覚えられそうなところまで細かく分割して,それを一つ一つ覚えるのである。4小節一気に覚えようとすると1時間かかるが,1小節ずつに分割して覚えると1分×4すなわちわずか4分で済む,ということは十分にありうる (数字は大げさかもしれないが,とにかくこういう傾向があるのは間違いない)。なおもちろん,なるべく自然なところで区切るようにしたほうがよい。
 弾いているとついつい先に進みたくなってしまうものだが,そこは我慢して,目の前の1単位に集中する。これをよりよく意識化するため,楽譜に縦の線を書き込んで,練習 (暗譜) 上の各単位をどこからどこまでにするかを明確にすることはすすめられる。
 その単位の終わりの音で弾きやめるより,次の単位の最初の音まで弾いてそこでやめるほうがずっとよい。そうしないと,あとで各単位の接続がうまくいかないおそれがあるからである。

3.2. 頭の中でも練習する

 小単位を覚えるにあたり,体を動かしての練習ばかりだと効率がまだ最高にならない (場合によってはいくら弾いても覚えられない)。その小単位を,まず頭の中で,どんなにゆっくりでもよいから鳴らす。できれば手足の動きも一緒に思い浮かべるようにする (これは慣れてきてからでもよい)もし音が思い浮かばなかったら,まず楽器で弾き,すぐにその音を思い出す,というふうにすればよい。とにかく,頭の中で鳴るようにするということは暗譜のために決定的に重要である。

 あるとき,始めてからもう何か月にもなるのにどうにも暗譜できない曲があったのだが,ふとそれを頭の中で鳴らそうとしてみたら,なんときちんと鳴らなかった。これはと思い,上記の「まず楽器で弾き,すぐにその音を思い出す」というのを2小節くらいずつ行なって,とにもかくにもその曲の音を思い浮かべることができるようにしたところ,ついに暗譜できた

 そして,思い浮かべることができた速度を超えない速度で実際に弾く。そうしたらまた思い浮かべ,また弾く。これを,楽譜なしでもできるようになるまで行う。5分もしたら忘れているのではないかというくらいの感覚でかまわない,とにかくその場で楽譜なしでできるようになればよい。短期記憶を長期記憶にするのは復習によって行えばよいことだからである。また,この段階では速度を上げる必要はない。それは暗譜してから単純に何日か経てばずっと易しくなることだからである。
 なお,このように頭の中でも練習することには,体があまり疲れない・耳が休まるという利点もある。

3.3. 細かく復習する

 人間は新しく覚えたことを放っておけばすぐ忘れるので (印象深いものは別だが),すぐ復習してやる必要がある。具体的には次のようにする。
● ある小単位 (Aとする) を覚える。
● 次の小単位 (Bとする) に進み,覚える。
そのまた次の小単位 (Cとする) に進むのではなく,Aに戻る (!!)。そうしないとAをすぐ忘れてしまうからである。不確かになっていたら改めて軽く練習する。それから,AとBを続けて,できれば暗譜で思い浮かべたり弾いたりする。
そうしてから初めてCに進む。CができたらBに戻り,同じようにする。以下同じ。
● きりのよいところまで進んだら,それまでに覚えた分を通してみる。もちろん暗譜でできれば最高だが,あまり苦しくなるのもよくないので,楽譜を見ながらでもかまわない。
 このような練習を,1日1回ではなく2回,たとえば午前に1回・午後に1回行うとさらによい (2回目の練習では,1回目の練習の復習もしたほうがよい)。2時間×1回より1時間×2回のほうが明らかに効率的なのである。
 それから,新しく練習した・覚えたことは翌日必ず復習するというのも大切である。新しいところに進む前に,まず前日の分の復習を済ませるようにするとよいだろう。
 

4. 速度を上げる

 まだ暗譜 (少なくとも,暗譜を試みること) を行なっていない箇所があれば,そこの暗譜 (を試みること) をまず済ませたほうがよい。暗譜は種まきであり,そこから芽が出るには練習だけでなく単純に日数が要るので,とにかく早いところ全部に手をつけるだけつけたほうがよいのである。

 本題に入る。普通ならば,当分はゆっくり弾いておいて,速度は後で上げればよい (というより,けっこう勝手に上がってくる) のだが,時間がない場合そうもゆかないので,意識的に高速化を行う。
 基本的には,上の「3. 暗譜する」に書いたものに準じたやり方で行えばよい。すなわち,小単位ごとに練習すること,頭の中でも練習すること,細かく復習することである。
  技術的に特に困難な箇所については,格別細かく分割するとよい。例えば,速い動きが続くときに4音ずつなり5音ずつなりに分けて,その4音ずつ,5音ずつを仕上げてゆくのである。あるいは,次のように「全体を弾くが,続けて速く弾く音の数を次第に増やしてゆく」というのも有効である (私はこちらのほうが楽しいので好き)。

Buxtehude, Praeludium fis-Moll (BuxWV 146) に現れる足鍵盤の速いフレーズの練習例

 練習を始めて3,4日目くらいまではどうしても速度を上げて弾けず,大丈夫なのかと思うかもしれないが,5日目くらいになるとなぜかずいぶん弾けるものである。もちろん日数は楽器の難易度や曲の難易度・長さやその人の実力により,それから上に書いたことをどこまで実践するか (練習を1日1回するか2回するかなど) により増減するが,ともかくこのように,速度が上がるには単純に日数が要るので,信じて待つしかない。練習・暗譜したものは,たぶん寝ている間に頭の中で整理されて真に定着するのだろう。そのため,「寝て,次の日を迎える」ということがどうしても何度か必要なのである。
 

5. メンテナンスする

 こうしてごく短期間で一応弾けるところまで持ってゆくことができるのだが,ごく短期間で習得したものはごく短期間で忘れやすい。そこで,本番まで適切にメンテナンスを続けることが大切になる (もちろん,安定度・完成度を上げてゆくこともだが)。
 まず,この短期間での習得が最初に行なった暗譜に支えられているという事実を忘れてはならない。つまり,手がよく動くようになっても,暗譜が再び不確かになってくると危うい。そこで,時々は楽譜なしで弾いたり,何も見ずに頭の中で全曲を演奏したり (手足の動きも思い浮かべながら) といったことをする。
 それから,これはよく言われていることだろうが,速くばかり弾いているとむしろ崩れてきてしまうので,ゆっくりの練習を相変わらず中心に据える。それも,鳴っている音をすみずみまでよく聴きながらゆっくり弾くのである。これは,本番当日に行う練習としても特に勧められるものである。
 

最後に

 以上は,私が今までにいろいろな本で読んだり人から教わったりした上で自分で実践してきたことに基づいて書いたものであって,科学的な研究の結果などではない。その意味では,記事タイトルのうち「極度に」という部分は誇張気味である。このタイトルは,徹底的に方法にこだわって一気に練習を進めているときの私の気分から出た,感覚的なものだと思っていただきたい。

 5項目に分けて,準備 (1,2) →習得 (3,4) →メンテナンス (5) のしかたを私なりに書いたが,これらのうち「習得」の方法にはかなり自信があるものの,「メンテナンス」についてはそうでもない。今回の練習では,とりあえずなるべく毎日弾きに行くこと,何度か何も見ずに頭の中で全曲を弾く (音と手足の動きを思い浮かべる) ことの2つは行なったが,「習得」の段階に比べて「こうしておけば間違いない」という感じのものがなく,いつもどうしたものかと思っている。まあ,本来はそもそも「メンテナンス」というより「仕上げ」をする,すなわち限りなく完成度を上げてゆくべきところなので,この問い自体がおかしいのかもしれないが,その曲ばかりに時間を使っていられない状況のときはそうも言っていられないので。何かよいやり方をご存じの方は教えていただけたらありがたい。
 

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↑  一度仕上げた曲の扱い方について。「弾けなくなってしまったとき」というタイトルだが,そもそもそうならないようにするための練習方法も後半に書いてある。


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