入祭唱 "Puer natus est nobis" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ18)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX pp. 47-48; GRADUALE NOVUM I p. 28.
 gregorien.info内のこの聖歌のページ

 この入祭唱のアンティフォナのテキストについて,西脇純先生による研究論文がある。
 

更新履歴

2023年1月30日 (日本時間31日)

  •  全面的に改訂した。

2018年12月24日

  •  投稿
     


【教会の典礼における使用機会】

 昔も今も,主の降誕の祭日 (12月25日) の「日中のミサ (Missa in die)」で歌われる。このミサは,伝統的には降誕祭第3ミサと呼ばれる (なぜ第「3」なのか疑問をお持ちになった方はこちらをお読みいただきたい)。かの有名なヨハネ福音書冒頭 (「はじめに言葉があった」云々) が朗読されるミサである。

 1970年のORDO CANTUS MISSAE (GRADUALE ROMANUM [1974] / TRIPLEXおよびGRADUALE NOVUMはこれに従っている) では,この入祭唱はほかに次の機会に割り当てられている。

  •  主の降誕の八日間 (12月25日~1月1日)。といっても12月25~28日と1月1日はそれぞれ教会の祭日や祝日であり固有の式文をもつので,この用語で実質的に問題となるのは12月29~31日のみとなる。この入祭唱か "Lux fulgebit hodie super nos" かの選択となっている。

  •  1月2日から主の公現の祭日 (原則1月6日,日本では1月2~8日にくる日曜日) の前までの週日 (平日のこと)。この入祭唱か "Dum medium silentium tenerent omnia" かの選択となっている。

 2002年版ミサ典書では「主の降誕の八日間」「1月2日から主の公現の祭日の前までの週日」とも,このような括りでの式文の定めそのものがない (個々の日の式文が定められている) が,12月31日の入祭唱として今回の "Puer natus est nobis" が指定されている。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Puer natus est nobis, et filius datus est nobis: cuius imperium super humerum eius: et vocabitur nomen eius, magni consilii Angelus.
Ps. Cantate Domino canticum novum: quia mirabilia fecit.
【アンティフォナ】(一人の) 子どもが私たちのために生まれた,(一人の) 息子が私たちに贈られた。そして彼の支配権が彼の肩にかかっている。そして彼の名は,大いなる助言の使者と呼ばれるだろう。
【詩篇唱】主に新しい歌を歌え,彼は驚くべきことをなさったから。

 アンティフォナの出典はイザヤ書第9章第5節であるが,Vulgataではなくもっと古いラテン語訳聖書テキスト (Vetus Latinaと総称される) に基づいている。詳しくは最初にご紹介した西脇先生の論文のpp. 84–87をお読みいただきたい (Vetus Latinaのさまざまなテキストとの比較が行われている)。

 詩篇唱には詩篇第97 (ヘブライ語聖書では第98) 篇が用いられている (ここに掲げられているのはその第1節前半)。テキストはVulgata=ガリア詩篇書に一致している。ローマ詩篇書では最後に "Dominus (主が)" の一語があるが,内容は変わらない。(「Vulgata=ガリア詩篇書」「ローマ詩篇書」とは何であるかについてはこちら)
 

【対訳】

【アンティフォナ】

Puer natus est nobis,
(一人の) 子どもが私たち (のため) に生まれた,
別訳:(一人の) 男の子が私たち (のため) に生まれた,

et filius datus est nobis:
(一人の) 息子が私たちに贈られた。
別訳:(……) 与えられた。

cuius imperium super humerum eius:
そして彼の支配権が彼の肩にかかっている。

  •  "cuius" (関係代名詞の属格) を「そして彼の」と訳せる理由については,逐語訳のところをお読みいただきたい。

  •  動詞がないが,このようなときは英語でいうbe動詞が省略されていると考える。

et vocabitur nomen eius, magni consilii Angelus.
彼の名は,大いなる助言の使者と呼ばれるだろう。
別訳:(……) 大いなる決議の (……)
別訳:(……) 大いなる計画の (……)
別訳:(……) 大いなる洞察の (……)

  •  この入祭唱アンティフォナのテキストが基づいている古ラテン語訳聖書テキストは七十人訳ギリシャ語聖書からの翻訳ではあるが,敢えてヘブライ語聖書までさかのぼって考えると,ここは「助言」がよさそうである。

【詩篇唱】

Cantate Domino canticum novum:
主に新しい歌を歌え,

quia mirabilia fecit.
彼は驚くべきことをなさったから。
別訳:彼は奇跡を起こされたから。
 

【逐語訳】

【アンティフォナ】

puer 子どもが,男の子が (単数)

natus est 生まれた (動詞nascor, nasciの直説法・受動態の顔をした能動態・完了時制・3人称・単数の形)

nobis 私たちに,私たちのために (与格)

et (英:and)

filius 息子が (単数)

datus est 与えられた,贈られた (動詞do, dareの直説法・受動態・完了時制・3人称・単数の形)

nobis 私たちに

cuius そして彼の (関係代名詞,単数・属格)

  •  属格の関係代名詞であるから,文字通りには英語でいう (関係代名詞としての) whoseの意味である。それを「そして彼の」と訳せるのは,単にそのほうがこなれた訳文になるからというだけでなく,≪ラテン語の関係代名詞 [……] はしばしば文頭に来て,「et (atque) + 代名詞 [……]」の役目を果た≫すからである (小林,p. 82)。

imperium 命令権が,支配権が,権力が,帝国が

super ~の上に

humerum eius 彼の肩 (humerum:肩 [対格],eius:彼の)

et (英:and)

vocabitur ~と呼ばれるだろう (動詞voco, vocareの直説法・受動態・未来時制・3人称・単数の形)

nomen eius 彼の名が (nomen:名が,eius:彼の)

magni 大きな,偉大な

consilii 助言の,決議の,計画の,洞察の

Angelus 使者

【詩篇唱】

cantate 歌え (動詞canto, cantareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)

Domino 主に

canticum novum 新しい歌を (canticum:歌を,novum:新しい)

quia なぜなら~から

mirabilia 驚くべきことを,奇跡を (複数形)

fecit 彼がした,作った (動詞facio, facereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

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