大型経済事件はこうやって作られる 26

その3   どこから事件化したのか

 繰り返しであるがオリンパス事件は、 2011年10月14日の早朝に解任されたウッドフォードがすぐに接触して内部資料を提供したFT 東京支局のジョナサン・ソーブル記者が書き、翌日(日本時間 10月14日) の同誌に掲載された「スクープ記事」 によって発覚したとされている。 またその直後から、 情報源がないはずの NY Times も同じような記事を立て続けに掲載していた。

 ところで2015年7月24日に日本経済新聞社がこのFTを1600億円もの巨費で買収すると発表した。 そこでまたオリンパス事件の報道が蒸し返され、 「FT がスクープしたお蔭でオリンパス事件が発覚したが、 日本経済新聞など日本のマスコミはそれまで全く取り上げようとせず事件発覚を避けていた。 そんな勇敢な (?) FT が日本の大企業を批判しない日本経済新聞の傘下になるなら報道の自由が妨げられる」というウッドフォードの「余計な」
コメントを、 朝日新聞の奥山俊宏 編集委員が記事にしている。 これは一見正論のようであるが、実は大変に公平さを欠いているので、その辺の事情を書き加えることにする。

 ちなみに朝日新聞の奥山・編集委員は今をときめくICIJ (国際調査ジャーナリスト連合)の会員ジャーナリストであり、 共同通信の澤康臣記者と共に 「パナマ文書」 の分析に携わっておられる。 ご両名は「パナマ文書」 でも機密の宝庫である元データに自由にアクセスできているはず、日本の財務省にとっては 「宝の山」 となっているようである。

 さらに「スクープ記事」を書いたと日本の一部マスコミでも賞賛されていたジョナサン・ソーブル記者は、所属する FT が日経新聞に買収されるとすぐにNT Times に移籍して東京支局長に 「栄転」 していたが、 現在は BBC に再移籍しているようである。

 しかしその 「スクープ記事」 とされるソーブル記者に書いた当時のFT の記事は大変に不正確である。 ウッドフォードが提供した断片的な内部資料とウッドフォード自身の不正確な説明だけを大急ぎで記事にしたからであるが、もちろんオリンパス事件の核心である薄外損失については全く触れられていない。 そもそもウッドフォードがそこまで知らなかったからである。

 ところで報道の世界では、記事にする前には必ずその対象(ここではオリ
ンパス) に確認を取らなければならないという国際ルールがある。 もちろん記事を承認されなくても確認したという事実だけでも残れば最低限の義務は果たしたことになるが、ここでFT が (NY Times も) オリンパスに確認したという 「確認が」 全く取れない。 つまり国際ルール違反だった可能性があるが、このルールについてはまた少し後で出てくる。

 ここで大変に僭越であるが、このオリンパス事件の核心である薄外損失を初めて記事にしたのが、FT と NY Times の不正確な記事、とくに追随したロイターのもっと不正確な記事をみて 「思わず」 書いた2011年10月24日付け の本誌である。 これは決して自慢したくて書いているわけではなく、海外から日本企業についてこのような不正確な記事でも出てしまうと、 日本ではその内容がすべて真実と受け取られて株式市場やオリンパスが大混乱に陥ってしまうため (事実その通りになった)、 明らかな間違いだけでも訂正してお
く必要があると強く感じたからである。

 じゃあ何で本誌が間髪を入れずにオリンパスの簿外損失について書けたのかというと「知っていた」からである。もちろん正確な金額までは把握していなかったが 「知っていた」のは本誌だけではなく、 過去に数多くの決算対策商品で大儲けした主に欧州系の金融機関の担当者や、 オリンパス内部にも過去に損失隠しに直接・間接に関わった幹部社員がいたはずで、それに「うすうす」 知っていたオリンパスの取締役や幹部社員や一般社員まで加えると、かなりいたはずである。

 それでも本誌がそれまで記事にしなかったのは明確な理由がある。 そもそもオリンパスの損失隠しが悪質であるかどうかの議論は置くとして、日本の経済事件は悪質な順番に事件化するものではなく、なぜか全く事件化しない怪奇なケースも多い。 また仮に事件化しても「何でこんな事件を大騒ぎして取り上げるのか?」 とか 「何でそういうシナリオにしてしまうのか?」 など釈然としないケースも多い。 そこへ実態を「知っている」 からと記事にしてしまうと、 結果的には無視され続け 「怪しいゴシップ誌」 になるだけでなく、証券取引等監視委員会に風説の流布などの疑いをかけられるのがオチだからである。

 ちなみに本誌が「知っている」 まだ表に出ていな経済事件がほかにもあるかと聞かれれば「かなり」ある。 しかし事件化前に本誌が記事にすることは今後もない。

 話を戻すが日本の経済事件とは、どれをいつどういうシナリオで事件化するのかとか、誰をどういう容疑で逮捕するのか (往々にして本当のワル以外が選ばれるケースが多い)などが、あらかじめ当局によって用意周到に決められてからマスコミにリークされて幕が上がる。従ってマスコミの報道はすべて当局の意向に沿ったものとなり、勝手な報道は許されない。 だから家宅捜査や逮捕の時などは、いつも捜査員が整然と行進して現場に入るところがテレビニュースで繰り返し中継される。 「我々はこいつ (ら) こんな悪い輩 (やから)を退治しているのですよ」と印象づけるためである。 まあ殺人やテロなどの凶悪事件ではなく、「たかが経済事件」 なので、 当局の意向が反映されてもよいということなのであろう。

 しかしその唯一の例外が日本企業に関する 「悪いニュース」 が海外メディアから出た時である。 往々にして外国 (特に米国) 当局の意向が入っているとも考えられるため、必ず大騒ぎになってしまう。 過去にも1976年のロッキード事件(全日空と丸紅がターゲット)、1978年のダグラス ・グラマン事件 (日商岩井がターゲット)、 1982 年の IBM 産業スパイ事件 (日立と三菱電機がターゲット)、 1987年の東芝機械ココム事件 (東芝機械というよりあの東芝がターゲット) などがあったからである。 最近の例がないように見えるが、 巧妙化されているだけで相変わらず 「たくさん」 ある。

 オリンパス事件とは、解任されたウッドフォードがCEOに復帰して今度こそオリンパスの全権力を掌握しようと考え、あるいは本当に反社会勢力が関わっていると勝手に怯えてFTに情報提供したもので、 過去の海外メディアから明らかになった大型経済事件とは次元も背景もスケールも全く違う 「矮小な動機」 によるものであった。

 ところがオリンパス事件も、たまたまではあるが海外メディアが最初に取り上げたため、日本のマスコミも条件反射的に反応してしまった。 こうなると経済事件は (日本の) 当局からリークがあるまで勝手に取材・報道してはならないとの暗黙のルールなどすっかり忘れて報道合戦に突入してしまった。

 オリンパス事件とは、こうして事件化していった 「極めて稀有なケース」 で、 そこではじめて 「怪しいゲリラ記事」だった FACTA の記事 (2本)が一躍「オリンパス事件の日本最初のスクープ記事」に昇格できたことになる。これは決して記事を書いた山口義正や掲載した FACTA を揶揄しているのではなく、その後にFACTA がスクープした問題企業がその記事をきっかけに事件化したケースがほとんどない事実とともに、 日本における経済事件 「スクープ」 の難しさを説明したいだけである。

 簡単に言えば、 解任されたウッドフォードがFT に内部資料を持ち込まず、 またその前に菊川がウッドフォードを社長に指名しなかったら、 オリンパス事件はいまだに発覚していなかったはずである。 また仮に解任されたウッドフォードが内部資料を日本の大手マスコミに持ち込んだとしても門前払いされていたはずで、 さらに仮に FACTA 記事の前に 「本誌」がもっと詳細な記事を書いていたとしても (本誌はその辺の事情はわきまえているので決して記事にしないが)、やはり全く相手にされずオリンパスからの賠償請求裁判を起こされていたあたりがオチであったろう。

 「経済事件を表に出したかったら海外紙にタレ込むべし」 と覚えておいた方がよさそうであるが、 実はFTの記事が出始めたころから NY Times も盛んにオリンパスの記事を掲載していたが、こちらの方は情報源も不明でもっと不正確な記事ばかりであった。そんな中でNY Times は 2011年11月18日付けでヒロコ・タブチなる記者名で、「入手した捜査当局のメモによるとオリンパスの使途不明金は3760億円で、 そのうち2000億円が横尾兄弟を通じて山口組に流れた」 という出鱈目かつ荒唐無稽かつ悪意に満ちた記事を掲載し、すぐにFT が追随した。 NY Times も怪しげな 「自称関係者」の与太話やインチキの捜査メモをロクに確認もせずに掲載したようであり、報道機関としてのモラルが疑われる。 ところでこのヒロコ・タブチとは、当時NY Times 東京支局に在籍していた田淵広子記者のことであるが、 反日・親中のうわさが絶えない記者で確信犯だった可能性もある。

 NY Times もいくら現地採用の記者だとしても (2014年にNY に転勤しているようであるが)もう少し背景を調査して採用してもらいたいものである。 またこの出鱈目な記事に名前がでてしまった横尾兄弟の 「とばっちり」 はまた後で出てくる。 もちろん横尾兄弟はNY Times から記事の内容について一切の確認を受けていない。 明確な国際ルール違反である。

 この頃の海外発の記事に関してもう1つ付け加えておくと、 ロイターのJames Pomfretなる記者が2011年11月27日に中川の香港の住居を探し出し、 建物の共有部分に入り込みガードマンに追っ払われている。 その時の記事は格好良く書いてあったが単なる不法侵入である。 海外報道機関の記者はレベルが高いとか、モラルがしっかりしているなどと考えないほうがよい。

 これに対して日経新聞をはじめ日本の大手マスコミは、めったにないことであるが当局に遠慮せずに活発な取材合戦を繰り広げていたが、さすがに怪しい 「自称関係者」や「自称事情通」の与太話をそのまま記事にすることはほとんどなかった。 それどころか当時の日本のマスコミ報道には 「良く調べたなあ」と感心する記事もいくつかあった。 その代表が日経新聞の「オリンパスは預金や有価証券をピークで1300億円も水増し計上して辻褄を合わせていた」との記事で、簿外損失額がほぼ正解であっただけでなく暗に預金残高証明書の偽造まで示唆していた秀逸なものであった。

 しかし徐々に各社の報道も「世間によくある経済事件の報道パターン」 に押し込められてしまい(つまり経済事件は勝手に取材して報道してはならないという暗黙のルールが浸透するようになり)、この日経新聞の秀逸な記事も追随が出ることはなかった。

 以下、次号。