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東京に住む龍 八話 白龍①

 大学三年生がはじまった。新学期がはじまって早々、篳篥の個人レッスンの担当教員に小手毬は褒められた。卒業演奏会の奏者へ推薦したいとまで言われたのだった。

『天にも登る気持ちって、こういうこと』

 レッスン室から出て廊下を歩く水神小手毬は思った。嬉しくて廊下をスキップしたいくらいだ。

 食堂で一緒になった同じ専科の粟田朱海には、「何かいいことあったの」と聞かれたくらいだ。卒業演奏会云々のことをちょっと朱海に話したら、曇った表情をした。小手毬はちょっと不味かったなと感じた。将来の事がのし掛かってくる学年になったのだ。卒業演奏会もプロフィールに書けるどうかの瀬戸際だ。

 窓の外には桜が満開で薄桃色が食堂の内部を照らす、冬から解放されたのだ。新学年、新入生、ウキウキとした気分が横溢している。小手毬の気持ちも、春を謳歌する桜のように晴れ晴れとしていた。

「小手毬、旦那はどうしているの」

「あっ忘れてた。今日も神主の業務中」

「全く小手毬は新婚さんぽくないな、旦那が今何しているのか、気にならないのかな」

「私って夢中になると他の人とか気にならなくなるのよ。集中してると家族とか特に辰麿とか眼中になくなるもの、子供の時から勉強に集中するとこうなるわ」

「冷たいんじゃない」

「奴とは五歳の時からの付き合いなの」

 朱海には新婚なのに、小手毬は恋愛している感じがしないのが可笑しいとも言われた。恋愛なんて人それぞれ。その上辰麿には元々恋愛はしていない。無理矢理結婚させられたのだ。こればかりは口にしたくてもできない。

 定食を頬張っていると、同じ専科の男子四年生から声を掛けられた。地方の神社の神官の家の生まれで、子供の頃から雅楽が身近にある環境だったそうだ。卒業後に辰麿と同じ神主養成所に通うことを、考えていているそうだ。小手毬に辰麿の通った養成所の事を聞いてきたのだった。地方の有名な神社に長期間研修に行っていたこと、滝行をしたなど辰麿から聞いた話をした。最近まで実家に戻らず、たとえ雅楽会に入れなくても、ソロで竜笛の演奏者になると言っていた学生で、安定感のある演奏をするので、小手毬は密かに名演奏家になるのかなと思っていた。家庭の事情で神主になるのか聞いてみたが、どうやら将来に不安を感じ堅実な方へ傾いたようだ。

 午後の講義が終わって、桜吹雪の中校門から谷中の方に歩き出した。花びらの舞うように小手毬の心も舞った。

 その時、辰麿からメールが来た。雅楽楽器専門店から、調整して漆の蒔絵の修復もした江戸時代の和琴が届いたというメールだった。と同時に呼び出し音もした。奴専用の呼び出し音は寄席の呼び出しの三味線だ。

「小手毬っ、楽器屋さんからお琴が届いたんだけど、お部屋に持ってく。それとも御簾内に持ってく」

 こいつは何んで電話してくるのかな。メールで聞けばいいのにと、イラつく。理系学部卒業で、プログラミングもできるガジェット使いなのに、呆れる。

 奴は人間ではなかった。夫は人間として、小さな神社の神主をしている。その正体は世界に五柱しかいない一億歳の龍だ。人間の姿では一度は成人し、美男でモテまくった。八千万年前に十歳児にまた戻り。人間世界では主にお寺の稚児などして過ごしていた。十五年前私を妻にするため再度成長し、今は二十五歳になっている。太古から大和朝廷に保護されていて、日本国政府は奴の言うままらしい。神の世界では龍は古くから最上位で、天国地獄といったあの世で、最上位の神獣様ということで威張り腐っている、超法規的我儘神獣だ。

「社務所に置いといて、帰ってから私の部屋に持って行くから」

「鈴木さんが手伝ってくれるって」

「眷属をこき使わないの」

 小手毬はふと前方から人近づいているのを見て冷や汗がでた。眷属なんて言葉は仏教研究でもしていない人間は普通使わんじゃろ、おー面倒臭い。

 鈴木さんは、龍神社で境内の掃除やら、社務所でお守り売り、そして大きなディスプレイのパソコンで機械の設計している、元人間の妖だ。人間に近いので生きている人間との折衝事もしてもらっている。最近はスリーディープリンタでお祭り用品を作っている。

 社務所に戻ると、辰麿と鈴木さんが和琴の段ボールを前に手持ち無沙汰にしていた。

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東京に住む龍 マガジン
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青龍は現世日本の東京二十三区内に住んでいた。日本国政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化したのだった。
 青龍は思った。
「一億歳の誕生日に結婚しよう。そう二十歳のあの子と一緒になるんだ」
 そんなはた迷惑な龍の物語である。


 2年前の冬に、数秒間で思いついたのがこの小説です。異世界トリップ物が世の中に沢山あります。異世界に行った切りより、行ったり来たりの方が面白いじゃない。天国と地獄と現世を行きたい放題ってどうかな。それと龍の龍珠はパートナーだったらどうか。で瞬間に設定とストーリーを思いつきました。

 高校生で文学全集を読破して、小説らしきものは若い頃には少し書きましたが、書くのが遅い、文体が重たい、文章を書くのは実は苦手。長く書くのはもっと苦手。でも折角思いついたお話ですから、世に出したいと思い書いております。


 


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