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【ふるさとは遠きにありて思ふ旅③】ちっとも旅が終わらない

■土浦に一泊

当初は水戸に一泊したら、すぐ家に帰るつもりだった。
なのに私は常磐線で土浦に移動して、ホテルにチェックインしている。
訳あって家にはずっといたくないのだ。
(詳しくは【猫や 猫】をお読みください)
土浦駅で降りるのは初めてのことである。
一泊して町を散策し、土浦城址公園なども見て回った。

実のところ私はある時点まで、ひどくまめに水戸に帰省していた。
高卒後、故郷を離れてからも正月、ゴールデンウィーク、お盆などまとまった休みは必ず実家に帰っていたのだ。
友だちもおらず遊びも知らないから、帰省以外にすることがなかったし。

ただ一度、正月にスキー旅行に誘われたことがある。
女性の同僚に声をかけられたのだが、迷うことなく断った。
正月に実家に帰省しないなどあり得ない。

殆ど私は怪しい宗教の信者である。
教義は〝長期休暇には実家に帰省すべし〟である。
〝親孝行教〟とでも名付けようか。

といって実家で家族と和やかに談笑するでなし。
ただ自室に引きこもっていただけである。
それはまるで儀式だった。
親を安心させるために、定期的に帰省して元気な顔を見せるという儀式。

でも私は別に元気じゃなかった。
大学の寮で仲間外れにされてアパートで一人暮らしを始めた。
引っ越しは兄が手伝ってくれた。
翌年には浪人生になった妹が上京して一年間同居した。

家族に迷惑をかけるだけの駄目な私。
だから帰省の義務ぐらい果たさねば。
多分そう思っていた。

話とは関係ないけど
言問団子とお茶

大学も単位がとれる程度にしか行かず、友人もおらず情報も入らないから就職の仕方も知らなかった。
それでも何とか小さな会社にもぐり込むが試用期間でお払い箱になった。

そりゃそうだろう。
マンションの一室が社屋の小さな会社なのだ。
即戦力にならない女の子を雇っておく余裕はなかろう。
自分の居る意味も仕事も何もわからず、ただおろおろしているだけの駄目な私。

以来、就職しては無断欠勤の揚句に辞めるの繰り返し。
そんな駄目な自分が生きていても仕方がないと誰より責めているのは自分だった。
けれど自殺する勇気もなく引きこもるばかり。

「休んでもいいけど電話をしなさい」
「電話一本すればいいのに」
無断欠勤する度に何度も言われた。
その度に思った。
電話一本?
それが出来れば、とうに行っている!

誰とも話せない、話したくないから引きこもるのだ。
正しいとか正しくないとかじゃない。
正直な本音だ。
誰とも話したくない会いたくない生きていたくない。

にっちもさっちもいかなくなって、とうとう専門家に助けを求めた。

同じく話には関係ないけど
サーティワンアイスクリーム

これが怪しい宗教だったらどうしようと怯えつつ。
ここまで疑り深い人間は新興宗教には、はまらない。
何せすでに〝親孝行教〟にはまっている。
言わばそこからの脱却を図ったわけである。

「お正月に実家に帰らなくてもいいんじゃない?」
カウンセラーに言われて驚いた。
そんなことをしてもいいのか!?
正月に帰省しないなんて親不孝をしても許されるのか!?

罪悪感に押し潰されそうになりながら水戸に帰らなかった初めての正月。
何たる清々しさ!

私の自己評価の低さは家庭内で育まれたものだった。
あの家庭は私が駄目な子であることによって機能していたのだ。
仕組みがわかるにつれ、目から鱗がボロボロ落ちて行った。

以来ずっと……ずっとずっと家には帰らなかった。
水戸に駅ビルのエクセルが出来ても、黄門像が出来ても、五軒小学校が水戸芸術館に変わっても、帰ることはなかった。

話が辛気臭くなってしまった。
ここはひとつ亀戸梅屋敷に行って笑おう。

■亀戸梅屋敷へ!

亀戸梅屋敷とは、
〝いまなお人情と江戸の風情が色濃く残る亀戸に開館した「亀戸梅屋敷」。
観光案内や名産品販売、各種イベント開催など、江戸・下町情報を愉しんでいただく、新しい観光スポットです。〟

この一角にある小部屋で毎月、五代目円楽一門会の寄席興行が行われている。
3月13日(月) 今日は、三遊亭萬橘師匠が主任なのだ。
行かねばなるまい!

土浦駅から常磐線の各駅停車に乗る。
上野駅に到着すると、丸い緑の山手線に乗り換える。
〝丸い緑の山手線 真ん中通るは中央線 ♪〟
水戸で暮らしていた頃は、このCMソングで東京を把握していた。

だが今日は真ん中通る中央線には乗らない。
秋葉原駅で山手線から乗り換えるのは、黄色い総武線である。
亀戸駅に到着。

朝から曇り空だったが、ぽつぽつ雨が降り始めていた。
大丈夫!
旅の荷物には折り畳み傘も入ってるぞ。
歩いて十五分程で亀戸梅屋敷に到着。

13時30分の開演に余裕で間に合う。
木戸銭は1,000円である。何人も出演してこのお値段!
五代目円楽一門会は太っ腹である。
みやぎん寄席より広いが小学校の教室よりは狭い会場が、満員になっていた。

亀戸梅屋敷寄席 演目

萬橘さんの「四段目」
定吉演じる忠臣蔵に客席がしーんと静まり返る。
満員の客が固唾を飲んで聞き入る中、パン!と切って落とすかのように笑いを入れる萬橘師匠。

見事なまでの緊張と緩和。
客席大爆笑である。
私もマスクの下でげらげら笑うのだった。

萬橘さんのような人にこそ、水戸みやぎん寄席に出演して欲しい。
テレビや「笑点」に出なくとも、こんなに楽しい落語家がいるのだと地方の人々に知らしめて欲しい。

おしあげ煎餅本舗 亀の子せん

亀戸梅屋敷に行くと必ずこれを買う。
この日も亀の子せんと亀戸大根せんべいを買って、今度こそ下総国に帰るのだった。

ふと口ずさむのは中島みゆき「ひとり上手」である。

〝私の帰る家は あなたの声のする街角〟

浅草見番を振り出しに、亀戸梅屋敷に帰って来た。
あなたの声に引き寄せられて。
なんちってな。
亀の子せんボリボリ。

落語を聞きに行けば毎度おなじみの落語ファンがいる。
言葉を交わす人もいれば、話したことのない人もいる。
ゆるいつながりが心地よい。
大根せんべいボリボリ。

水戸はきっといい場所である。
私以外の人にとっては。
落語のゆるさが私の心の水戸にも広がれば……。
いつかまたみやぎん寄席に行けるかも知れない。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれ異土の乞食になるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ泪ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

※室生犀星「小景異情」


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