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けしからん推し活

推しの全てを褒め称え大きく育てるのが正しい推し活であろう。

けれども。
何かと小うるさい私は、推しによっては対応を変える。
けしからん。

そもそも推しが何人もいることがまずけしからん。
さーせん。

絶対的推しの他に、将来有望と思える若手の推しもいたりする。
昨夜はその若手推しの独演会に行って来た。
この際あえて名は伏せる。

落語は素晴らしいのだよ。
まだ二つ目だけれど真打になれば、独自の道を切り開いていくに違いないと期待している。
落語については問題ないのだが。

前にも言ったと思うけど。
とてもデリケートな問題なんだけど。

浅草演芸ホールの10月余一会
推しは出ていない

落語家だからといって誰もが話が上手いわけではない。
フリートークになった途端に訥々とした話し方で、話題があちこちに飛んで「この人何が言いたいの?」みたいになる落語家がけっこう居る。

というか、どうも私が好きになるのはそのタイプの落語家らしい。

あえて名前を挙げるなら。
柳家三三!

人間国宝、柳家小三治の弟子であり、本寸法の古典落語の素晴らしさは誰もが認めるところである。
最近は三遊亭白鳥に唆されて新作落語までやっている。
だからといってその端正な落語家としての姿勢が崩れることはない。

今更ここで私ごときがトークについてあげつらったところで、その盤石な地位が揺らぐことはないだろう。

橘蓮ニプロデュース〝極〟Vol.14
いちにさんざ

だから言っちゃうけど。
この人、トークになるとぐずぐずよ。

複数で話していて、トークが達者な相手がいればいいのだけれど、相手も似たような口下手だと「何なんだこれは⁉」と思うような状況になる。

柳家三三、桂二葉、春風亭一花の三人会「いちにさんざ」。
この第一回がひど……いやすごかった。

落語に関しては大いに充実していた。

なのに鼎談になった途端にぐずぐずになった。
何も知らない客がこの三人のトークだけを聞いて、落語家だとはとても思えないだろう。

いや。
繰り返し言うけど、落語に関しては素晴らしいのよ。完全無欠なのよ?
なのにトークが玉に瑕。

というようなトークに問題のある若手落語家を昨夜は聞いて来たわけである。

いや、問題があると思っているのは私だけかも知れないが。

何せ私との年齢差があり過ぎる。
はっきり言って息子を通り過ぎて孫の世代かも知れない。

だから話題について行けないという点が、まずある。

浅草演芸ホール10月余一会夜の部
こちらも推しは出ない

たとえばゲーム。
私は全くやったことがないから「〇〇ゲームのキャラ△△のような」などとたとえられてもまるでわからない。

たとえば野球。
私は野球は好きじゃないから、高校で野球部だったこの若者に「〇〇選手の△△でのプレイのような」と言われてもやはりまるでわからない。

だがそういった知識の欠如は何とかやり過ごせる。
そういうゲームがあるのね、そういう野球選手がいるのね……と笑って済ませられる。

問題は、何と言うか、どうも……ええと……どう言えばいいのだろう。

この若者はとても熱いのだ。

言いたいことがたくさんあって怒涛のように語るのだ!!
時に脈絡なく言葉が迸ってしまう。

でもあまりうまい話し方とは思えない。
(ゴメン!)

落語は見事に流暢に話すだけにその落差が激しいのだ。

そして話の内容も視点があまりに独自過ぎて客の共感を得られない。

困ったもんだ。

まあ……その独自の視点があればこそ、とてつもなく面白い新作落語を創り上げるのだが。
素の話として語られても面白くも何ともない。
(だからゴメンてば!!)

甘味でもひとつ
みはしの栗クリームあんみつ

では、私はどう対処すればいいのか。

なるべく独演会はさけた方がいい。
一人で語りたいだけ語ってしまうから。

二人会とか三人会とか他の落語家がいれば、それがストッパーになって語り続けることもなかろう。

と思ったのだが……待てよ?

前に若者同士で妙に話が合って、私には微塵もわからないゲームに関するトークを延々と続けた二人会があったなあ……。

あれはわりと地獄だったなあ。
回りの若い客が爆笑していただけに、取り残され感ハンパなかった。

じゃあ、三人会は?
三人の落語でトークの時間は削られるから、それがいいのかも。

などと考えてみるのだが、やはり推しの落語はたくさん聞きたい。
独演会なら三席か四席は聞けるのに……
そのついでに迸る熱いトークを我慢する……
(だからゴメンてば!)

当分その態勢でいくしかないのかなあ?
などと思った夜であった。

どっとはらい。

※冒頭写真は江戸和船文化研究会による大江戸和船文化展にて撮影

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