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聖書に感じる、愛と美しいもの

「聖書で面白い章ってありますか?」

突然の質問に驚いてしまった。

この時代に、私の身近に聖書に興味がある方なんていたのね。

久しぶりすぎてちょっと思い出すのに時間がかかってしまい、彼は質問を変えてくれました。

「どの辺が面白いですか?」

「物語的なのが好き?」

「ヨブ記が好きです」

「私はキリストが無くなる前後が好きかな、マリアマグダレネっていう女性がいるんやけど、あの人が好きなん」

マリアは、キリストがただひとりそばにいることを許した女性でした。

彼女はもともと娼婦で、自分の汚れた生き方を許してほしいとキリストを頼ったのだけれど、キリストが亡くなった後もその身体を引き受け、復活した後もそばにいることを許されていたのがマリア。

長い髪に香油をつけて、彼の脚を拭くという当時の最高級のもてなしは、想像するだけでどきどきしてしまうほどの、甘くとろけるような香りと雰囲気に酔いしれたものです。

小さい頃から聖書を読むことが日課だった私にとっては、それは実際にあった出来事そのもので、彼女の思いや息遣いを感じるほどによく読んでいた記述でもありました。

そして、彼女はきっとキリストに熱い想いを抱いていたのだと、なんだか切なくもなったものでした。


愛する人が、目の前で殺される姿を見届けるって、どんな気持ちなんだろう。


聖書中で言わんとしているところは当然そういうところではないのですが、私の惹かれてしまうところはちょっと変わっているようで、それを理解してくれる母は私の最も信頼している大人でもありました。

たぶん、ロマンチックなものが好きだったり、美しいものに惹かれてしまう私の核となる部分を形作ったのは、間違いなく聖書でしょう。

なぜなら、登場人物の感情という感情が、かなり憚られるようなことでさえもありありと書かれているから。

醜い部分も、美しい部分も全て。

だからこそ見えてくる感情があって、単純に「悪者」では終わることのできない人がいて、彼らにも素晴らしい感情があることを胸が痛くなりながらも感じることが出来るのです。

驚きあり、笑いあり、歓声や口笛あり、そして涙ありのスペクタクル。

そこにある美しい風景と、美しい神殿建造物と、美しく着飾った人たち。まるで聞こえてくるようなハープの音。

実はユーモアのセンスにも溢れていて(ここはあまり受け継ぐことが出来ていませんが)聖書を書かせた「神さま」を身近に感じることさえ出来るのです。


全てが相まって、この世界は美しいのだと、子供ながら読むごとに引き込まれていました。

正直、こんなものを生まれた時から読み聞かせているのはクリスチャンぐらいだと思いますが、かなり私の深いところに染み付いてしまっているというのも確かです。

残念ながら、私はクリスチャンではなくなりましたが、考えごとをした時にいまだに見えてしまう聖書というフィルターが現れるのを、少し楽しみにしようと思ったのでした。

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アイコです。プログラミングの勉強をしながらフリーでウェブデザインとかやってます。20代の時はやりたいことのうち働かないと資格にならない仕事をしてました。おかげで器用貧乏に拍車がかかったけれど、出来ることを仕事にしてくイメージが出来てきたところ。サムスミス熱が治りません。