見出し画像

#7 「 shout 」

俺がギターを持ったのが高2のときでさ、ざっくり30年前だよ。隣のクラスにえらく上手いヤツがいるって話で、放課後に見に行ったんだ、卓球部の部室に。そう、彼は卓球部だったんだよ。俺?聞きたい?俺は健全な帰宅部。体育館の脇にプレハブが並んでてさ、その端っこの部屋、6畳くらいかな。薄暗くて汚い部屋でさ。自分たちで作ったんだろうなぁっていう今にも壊れそうな棚が壁際にあって、学生服がぐるぐる巻きにして押し込んであったな。部屋の真ん中のほんの少しのスペースにそこら辺から拾ってきたビール瓶入れるかごに座ってアコギを弾いててさ。曲、何だと思う? おそうじオバちゃん。優歌団が歌ってたやつ。高校2年生がおそうじおばちゃん、って。その頃の俺は音楽にまったく興味がなくてさ。テレビでたまにアイドルの歌とか聞くくらいだったから、おにゃんこクラブとか。知ってる? せ~え~ら~ふ・く・を、って。そんな時代もあったんだよ、俺にも。それがさ、クソ~にまみれ~てにせんえん~、だよ?なんだこりゃ? みたいになって。でね、上手いのよ。ギターって右手と左手がバラんバラんに動くでしょ? 衝撃。そんでね、すぐに言ったの。俺にギター教えろって。上から目線ってやつ?はじめは嫌そうな顔してたんだけどさ、そこは俺フレンドリーだから。すぐに仲良くなって、卓球部やめて。俺がやめさせたんじゃないよ、自主退部したの。そんで二人でギターを弾くようになったんだ。

毎年、秋に文化祭があって。うちの学校じゃ一大イベントで、すげー盛り上がるの。他校からもいっぱい人が来るしさ。高3の俺らには最後のお祭りなのよ。ボンクラ学校だったから大学に行くヤツなんて何人かしかいなくて、あとはみんな就職組。田舎だったからさ、外に出て行くんだよね。農家の長男以外は。バラバラになる前にみんなで盛り上がりたかったんだろうね。思い出づくりってやつさ。二日間あって、二日目の午後に恒例の音楽祭みたいなのをやってたのね。1年から3年まで10組くらいのバンドがやんだけど、即席で組んだバンドなんかは方向性の違いとかでよく喧嘩してたよ。そこに俺たちも出てみないかって。なんかね、ものすごく乗り気なの。彼。前のめり。なんでよ?ってしつこく聞いたらさ、彼女が来るんだって。近くの女子高に通う彼女。女いるなんて言ってなかったよな?って文句言うとさ、 言うとうるさいだろ! って、その通りなんだけど。そんで、約束してるらしいのよ。カッコよかったらオッパイ触らせてあげるって。俺もいいの?つったら 殺すぞ! って目ん玉ひん剥いて。あれはマジだったね。でね、俺もそろそろ人前で歌ってみたいなって思ってたからさ。しょうがないなぁなんていいながらOKしたんだ。ギター教えてもらったし恩返しするわつってエントリーしたのさ。彼、喜んだね。手のひらをご飯茶碗くらいのかたちにして、こんくらいかな?とか言って。知らんがな。その日から1ヶ月めちゃめちゃ練習したよ。曲は優歌団から3曲、泉谷しげる大先生のを2曲、ノリのいいのを選んだんだ。

文化祭まであと1週間ってくらいの月曜だったかなぁ。5限の美術が自習になってさ。中井って言う若い女の先生だったんだけど、急病で休んでさ。クラスの女どもが言うには、最近、男とうまくいってなくて痴話げんかで怪我したとか。好きだよね、そのての噂話が。そんなのどうでもいいんだけど。俺たちは、やった!練習の時間ができた! って喜んで。あ、3年のとき同じクラス。昼休みに学校抜け出して歩いて5分のとこにある俺んちに行ったの。インスタントラーメンすすって、タバコ吸いながら上手くいかないフレーズを繰り返し練習したなぁ。まじめでしょ? 練習するとこは。まだ、はじめて1年ちょいだから俺ヘタクソでね。根気よく教えてくれてたよ。そしたら電話が鳴って。学校では5限が始まって10分てとこかな。今みたいにスマホなんて無いからさ、家の黒電話にかかってきたの。出てみたら同じクラスの村瀬ってヤツで、吉岡がそっちに行ったぞ! って。吉岡って担任で生活指導もしてる怖いセンセイ。誰かがチクったんだよね。ヤバイ!吉岡が来る! って、慌てて家を出ようとしたら、玄関の前で腕組みして待ってやがんの、吉岡が。おまけに俺はタバコくわえたまんまだったし。そのまま無言の吉岡の後ろについてって職員室に直行。そんで吉岡の机の前に二人並んで正座させられて。これだけ吉岡吉岡って言ったら悪い奴に思えてくるでしょ? 吉岡。で、俺たちに聞くの、ここで殴られるのがいいか? 親を呼び出されるのがいいか? って。ね、悪い奴でしょ? んで、彼は殴られるほうを選んだのですよ。親がけっこう厳しかったんだよね。パンッって音が職員室に響いてさ。次は俺の番。いや~、殴られるのも親呼ばれるのもイヤかな~って言ったらパンッて左頬を張られて、よろめいたら肩のとこ蹴りくらってさ。殴ったり蹴られたりだよ。そのまんまやな。

大変だったのはそのあとで。親の呼び出しは免れたんだけど文化祭に出るなって言われてさ。それだけは勘弁してくれって懇願したのさ。ホント、もう懇願。そしたら吉岡がさ、また吉岡なんだけど、フォークソング歌えって言いやがって。22才の別れとなごり雪とあとアリスの何とかって歌。好きらしいんだよ、吉岡が。いや、いい曲だよ? 22才の別れなんてこの前カラオケで歌ったら87点出たし。なごり雪泣いちゃうもん。いい歌なんだけどさ、そうじゃなかったんだよね、当時の俺たちは。他のバンドはさ、モッズとかロッカーズとかARBとかやってるのにフォークかよ?って。でも、その条件を飲むしかなかったんだよ。オッパイのために。

その日、こってりシボられてから家に帰って、二人で22才の別れを練習してみたんだ。1時間もかかんなかったかな。それはそれでいい感じだし、少しアレンジして彼のギターソロの見せ場も作って。なんとかオッパイには辿りつけそうだったんだ。でも、なんか釈然としないっていうか。次の曲を練習しようって気にならなくて。確かに悪いことしたのは俺たちなんだけど、なんかね。モヤモヤとイライラがグルグル渦巻いてて。ちょっと二人とも黙り込んじゃってさ。手持ち無沙汰にブルースコードを適当に弾きはじめたの、彼が。それになんとなく俺が適当なメロディを口ずさんで、何回か繰り返しながら今度はボンヤリ浮かんだ言葉をはめていって。で、3時間くらい会話も無くひたすらやってたら1曲できちゃった。二人とも興奮しちゃってさ。もういいや、コレ、やろうぜ! って。2曲やって殴られるなり親呼ばれるならそれでもいいやって。それからは自分たちで作った歌と22才の別れをさ9.8対0.2くらいの割合で練習したのさ。

当日のパンフレットに曲名を載せるんだけど、そこは吉岡に言われたとおりの曲名のせて、練習なんかしてないんだけど。周りのヤツらもコトの成り行きを知ってるから、マジでこのセットリストでやんのかよ?って半笑いしててさ。ホント、誰にも何も言わないでステージに立ったから。結局12組のバンドが出ることになって、俺たちは最後にまわされたの。どフォークをトップにするには辛気臭いし、途中で入れるとノリが悪くなるからって理由で。コンチクショーって思ったけどしょうがなかったね、おっしゃる通りだから。ステージはスタートから大盛り上がりでさ。他の文化部も自分たちの展示そっちのけで集まって、体育館がいっぱい。10組目の出番のとき吉岡がパンフレット片手に俺たちのとこにやって来て、楽しみにしてるとか何とか言ってたな。背中に向けて二人して舌出してやったよ。

俺たちの番になってステージに上がると、もうお腹いっぱいって感じで満足したヤツらが帰っていくのが見えて。悔しかったねぇ。そんなかでさ、「と・お・る・くぅ~ん」って声が聞こえて。見たら、ステージの正面のまん前に女の子がいてさ。その子に彼が小さく手を振ってるの。そんなに可愛くない・・・いや、好みの問題だからね。どんぶり茶碗くらいの持ち主だった。1曲目は吉岡のリクエスト通りに22才の別れをやったんだ。かなりアレンジ入れたけど、遠くで見ている吉岡は概ね満足そうだったな。で、2曲目。てか、俺たちの最後の曲。彼が隣で首にホルダーをつけてポケットから取り出したブルースハープをセットしてる間に、俺がイントロを弾いていく。なごり雪ってこんなだったっけ?って顔の吉岡を見て二人でニヤリと笑ったんだ。憶えてるなぁ。席を立って動き出してたヤツらが立ち止まってこっちを向くんだ。ハープが鳴って、俺の歌が鳴って、ギターが鳴って、ああ、音楽って楽しいなって思った瞬間だったね。終わったときには拍手喝采。大げさじゃないよ、ホントに。吉岡にはね、がっつり怒られたけどね。

え? 話しが長いって? 怒ってんの? 嫁の話のとこ? 徹ちゃん、いいじゃん、いいじゃん。純ちゃんと結婚して子供が3人だもんね。名前言うなって? 下の子、今年成人式でしょ? 美紀ちゃんだっけ? あ、名前ダメね。うちは二人とも成人しちゃったからねぇ。シミジミだわ。でもさ、考えてみたらさ、好きなことやって俺ら食っていけてんだから、ひょっとすると吉岡って恩人なのかもしれないよ?

じゃ、ツアーの締めくくり、最後の曲ね。
しょうがないから吉岡に捧げるとするか。
あんとき作った俺らの始まりの歌 " shout "


<了>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?