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東京ユニフォームを切り刻んだアートは展示中止(で、完成した)

銀座の中心に空き地があり、その地下は、幾層もの廃墟のような空間の施設となっている。銀座に足を運ばない人にとっては、俄かに信じがたい話だ。そして、この場所に、かつて日本の繁栄を象徴するようなビルがあったことを知らない世代も多い。

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ここにアート作品が展示されている……はずだった。撤去されて、ただのフェンスとなっていた。そして、撤去されたことを説明する案内も目に入らなかった。その場所は、ただ地下の吹き抜けと床を遮るフェンスでしかなかった。

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Blood in Blood Out「血により入り血により出る」……殺人や流血により組織に加わりし、脱退しようとする者は殺されるというマフィアの掟を指す。ここでは「GINZA FOOTBALL MARKET」の展示『Blood In Blood Out』が開催されているはずだった。2021年4月16日に展示が開始され、即日で展示は中止された。下記の画像は、当初発表されていた展示イメージビジュアル。向かって右は、FC東京と東京ヴェルディのユニフォームを切断し張り合わせており、モデルの右腕(東京ヴェルディ側)にはカッターのような刃物で自傷したと思われる傷がいくつも付いている。

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主催者であるSHUKYUのサイトは、このように展示中止の理由を書いている。

「SNSやメール等で多くのご意見をいただきました。皆様のご心情・ご指摘を真摯に受け止め、この展示を中止することといたしました。申し訳ありませんでした。」

「GINZA FOOTBALL MARKET」はひっそりと営業していた。日曜日の夕方ともなると、店内にはショップスタッフただ1人。質問してみると、このように説明してくれた。

「SHUKYUさんの意向で『Blood In Blood Out』の展示は取りやめとなりました。」

ショップスタッフは、どうやらSHUKYUとは接点がなく、会場となった幾層もの廃墟のような空間の施設側の人のようだ。「SHUKYUさん」と呼んでいた。そして、丁寧に、『Blood In Blood Out』の展示されていた場所を教えてくれた。

主催者のSHUKYUは、今回の「SNSやメール等で多くのご意見」に驚いたのだろう。なぜなら、ヴェッセリングの複数のユニフォームを切断し張り合わせる作品は、過去に大した話題になっていなかったからだ。

これまでも日本で作品を発表していた

2014年6月に渋谷のaiiimaで開催された『新しいルール』展でも「もうひとつのサッカー」のあり方を提案するとして、作者のヴェッセリングは『新しい服装』イメージビジュアルを発表している。欧州のライバルクラブのユニフォームを切断し張り合わせている。

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そして、過去に、FC東京と東京ヴェルディのユニフォームを切断し張り合わせて販売していることは、あまり知られていない。

今回は作者のヴェッセリングの狙い通り

「アートとはいえない」「やっちゃだめだろ」「フットボールカルチャーを知らなすぎる」等の意見が、多く見られた。残念ながら、その意見は見当違いだと言わざるを得ない。作者のヴェッセリングは各国で、このような創作活動を行なっている。そして、プロフィールに、このように書いているのだ。

「フットボールのアイデンティティを実験的な形で表現」

つまり、今回の実験は、SHUKYUの力を借りて成功したのだ。作者のヴェッセリング、そして、プロジェクトの『Blood In Blood Out』は、このように自らのプロフィールに書くことが可能となったのだ。

「礼儀正しく、温厚でフレンドリーな日本のサッカーファンまでもが怒り、プロジェクトの展示は即日に撤去に追い込まれたのだった。」

無礼で人の命を利用した「アート」ビジュアルは「SNSやメール等で多くのご意見」により、一つの作品として完成したのだ。プロセスを踏むことで、このビジュアルには、世界に通用するストーリーが刷り込まれた。

無敵のアーティストの代表格がChim↑Pom、そしてヴェッセリングもその一人だろう。

アートとは何か?その定義は難解なようで単純だ。私はアートを「既成の概念を打破して人の心を揺さぶる創作行為」だと考える。だから、残念ながら『Blood In Blood Out』もアートであることを否定できない。そして、このような人の心の奥底をえぐるような手法で「人の心を揺さぶる」無敵のアーティストは、世の中に数多く存在する。

日本では、代表格がChim↑Pomだろう。人々が平穏に暮らす広島市の原爆ドームの上に飛行機を飛ばし雲で「ピカッ」と描いた集団だ。私は、この行為を許せない。当然、非難の声が上がり『Chim↑Pom―ひろしま展』は中止になった。しかし、これがアートとして彼らの名声に結びつき、今では著名な現代アート集団として各所で引っ張りだこだ。

大きなダメージを受けたSHUKYU

FC東京と東京ヴェルディのサポーターをはじめ、日本のサッカーファン・サポーターの中には、気分を害した人も多くいるだろう。私もその一人だ。

では、主催者のSHUKYUはどうだろう。即日の撤去は早すぎた。本当は、『Blood In Blood Out』がサッカーファンの間で話題となり、「GINZA FOOTBALL MARKET」の存在が広く知られることが狙いだっただろう。なぜなら、この会場は、あまりに人が集まりにくいからだ。ところが、思ったよりも早くSHUKYUのブランドを毀損しかねない反応がネット上で顕在化し、慌てて撤去したと思われる。その後も「GINZA FOOTBALL MARKET」はひっそりと開催され続けている。SHUKYUにもダメージが大きい。

勝者はヴェッセリング、実験に失敗したのはSHUKYU

以前とは異なり、万難を廃して、ビジュアルのモデルを選択し、著名なフォトグラファーを起用した。これまでとは格段に異なる刺激の強い方法で日本のサッカーファン・サポーターに挑んできた。「フットボールのアイデンティティを実験的な形で表現」と書いてあるのはヴェッセリングのプロフィールだが、実際のところ、実験し失敗したのは主催者のSHUKYUであり、無敵のヴェッセリングには勝算が十分過ぎる実験だったのではなかろうか。


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