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専門誌という離島からやってきた大傑作「オーイ!とんぼ」(ネタバレ注意)


・はじめに


2024年度の春アニメの一覧をチェックした中にそれはあった。

ずっとAmazonのおすすめに出ていたマンガ「オーイ!とんぼ」

ゴルフマンガは大好きだ。なにせ人生に大きな影響を受けたのが週刊少年ジャンプに連載されたホールインワンである(メガネヒロイン好きを植え付けられた点とか……)。

パンチラが有名ではあるが、金井たつお先生の美麗な絵によるヒロインたちはジャンプヒロインを語るのに必須の存在であるし、少年誌においてゴルフマンガを成功させた重要な先達であるのは間違いない傑作である。

※ マンガ評論な本や動画の良し悪しを計るならば歴代ジャンプヒロインを特集した記事を読めばいい。「ホールインワン」や「いずみちゃんグラフィティ」などの金井たつお先生作品を記事内に挙げていなければ、それは残念な仕事なのだ。

前に記事にもしたので時間があれば読んでいただきたい。3年以上も前の記事だけど、自分の記事の中では今だにとてもアクセスの多い作品です。ありがたや……

ホールインワンはKindleでも揃えたし、最近は大好きな「解体屋ゲン」の作画をしている石井先生の「石井さだよしゴルフ漫画シリーズ」を買い続けている。「素振りの徳造(全25巻)」とか「キャディ物語(全11巻)」、「二人のグリーンロード(全11巻)」をはじめ、「石井さだよしゴルフ漫画シリーズ」は数多くのゴルフマンガが電子書籍化されているのでぜひ読んで欲しい。

そして、そのほとんどがKindle Unlimited化もされている。ホールインワンと同じ鏡丈二先生先生が原作を担当している「サクセス辰平(全7巻)」という作品もある。


さて、そんな感じでおすすめに出ていた「オーイ!とんぼ」だが、気付いた時には既に40巻を越えていて、なかなか手を出しずらかったのである。

だが、アニメの第1話を見て、これはマンガを読まないとダメだと思った。「ポケモン」や「妖怪ウオッチ」、近々では「オッドタクシー」や「薬屋のひとりごと」など実直な製作スタイルで作っているOLMが作ったそのアニメは派手さはないが、とても心が豊かになるのを感じたのだ。

もちろん少しの葛藤はあって、15巻、10巻、また10巻などとチマチマとKindle用の電子書籍をポチったのだが、もちろんその日の深夜には49巻全巻を購入していた。

大変な傑作だった……


・あらすじ


バカすぎる事件によってプロ資格、さらには嫁と息子をも手放したイガイガこと五十嵐一賀。彼は生活のために熊本を捨て、鹿児島の南、トカラ列島の「火之島」へとやってきた。住み込みの仕事がある開発センターの職員の面接のために。

なにもない島で五十嵐が出会ったのが中学三年生の大井とんぼ。小学生の男の子のような風貌のとんぼは島唯一の中学生であり、祖父のゴンじいと、民宿のセツばあ、いや島民全てに育てられた明るい女の子だった。

そんなとんぼの趣味はゴルフだった。島には村民が遊ぶための3ホールのゴルフコースがあったのだ。断崖絶壁でいつも強風だが、綺麗に手入れされた素晴らしいコースが。

そんな中で、とんぼは両親の形見である往年のBRIDGESTONEジャンボMTNⅢプロモデル一本でゴルフをしていたのだ。3番アイアン、五十嵐のいう三鉄、固いプレシジョン7.0のシャフトが入ったそれだけで。

そして五十嵐は島のコースで信じられないとんぼのプレイを見る。ありえない深さからのバンカーショット、暴風の中を平然と左右に曲げまくって旗に寄せて行くショット。とんぼは遊びの中で、三鉄を自由自在に扱い、曲げと距離、高さをほぼ完全にコントロールする技術を手に入れていたのだ。

天才を超えるバケモノであるとんぼを見つけてしまった五十嵐はとんぼにゴルフの道を歩ませたい思いが強くなっていくが、とんぼは島を離れたくないという。両親が亡くなった時に自分を押し付け合う親戚たちの姿を見たとんぼは島外の人間が嫌いになっていたのだ……



・心に傷をもつ人々を浄化するとんぼ


上記のあらすじの後に、島を離れるとんぼ。この7巻のくだりは号泣必至のまさに傑作中の傑作である。6巻までを使ってとんぼと島の人々をじっくりと描き、生涯のライバルとなる女の子を登場させて、とんぼに決断させる丁寧な仕事。

原作者はかわさき健先生。あの巨人の星・いなかっぺ大将・荒野の少年イサムなどの傑作を描いた川崎のぼる先生の御子息であり、一時はプロゴルファーを目指して研修生をしていたという。

「オーイ!とんぼ」アニメ化に合わせてかわさき先生と成田美寿々プロがラウンドする動画が公開されているが、素人が見ても美しいフォームでプレイされていた。

そんなかわさき先生が紡ぐ物語。とんぼの周囲のゴルファーは基本善人である。このマンガが連載されているのは専門誌「週刊ゴルフダイジェスト」であり、悪者ゴルファーばかりを出すコトはない。ただ、大なり小なり心が傷ついたゴルファーと同じ組で戦うシーンは多い。

そんななかで島育ちでまったくスレてなく、同伴者のプレイを喜ぶとんぼの表情、そして自由自在なとんぼのプレイスタイルを少しだけ分けてもらって、皆がとんぼの良きライバルとなっていくのだ。もちろんそんなライバルたちのプレイをとんぼもコピーしてしまうのだけど。そして競技終盤では成長した中での熱い戦いが約束されている。

ひと試合の巻数は決して短くはないが、個々の成長が1ホール毎に感じられて密度が高いので飽きずに楽しめる。そして「素晴らしいとんぼのプレイが世に解き放たれるシーンが見たい」という読者のカタルシスの解放が一番のタイミングで見られるのである。もはや開発センターで応援する島民となったような感覚が味わえるのだ。


・とんぼというバケモノとライバル


マンガの現在までの展開ではとんぼは以下の試合に出場している(この他最低でも2度ほどローカル大会に出て、それは優勝している)

・九州女子選手権
・日本女子アマ選手権
・九州ジュニアゴルフ選手権
・日本ジュニアゴルフ選手権
・ジュニアゴルフ・ワールドカップ
・軽井沢ゴルフレディス

各試合でとんぼは好成績を七難八苦の中もぎとり(遊びの延長のままのトコもないではないが)、女子高校生として素晴らしい位置に付く。

そう、ジュニアゴルフ・ワールドカップに出たというのはナショナルチーム入りして日本代表のひとりとして世界と戦ったコトの証だ(開催コースは名古屋だったけれど)。

このナショナルチームの描き方が秀逸で、選手の個性の数値化、国際スポーツでの戦い方、講習は基本英語での実施などがしっかり描かれる。中学がマンツーマンで実は成績も良かったとんぼが真面目に英語に取り組みだす描写も良い。そしてもちろんナショナルチームのとんぼの隣には生涯のライバルである安谷屋円(つぶら)もいる。そして素晴らしい先輩とコーチも。

とんぼは熊本で有働家が経営している「蔵塚ゴルフ練習場」で居候……住み込みレッスン生をしているが、そこで出会ったひとつ上のゴルファーである音羽ひのきという極めて真面目なゴルフをするライバルもいる。

そしてツアープロである有働家のひとり娘の二子女(にこめ)も今やガチのライバル枠である。もちろんこれまでの試合で同組でになった選手はだいたい皆がライバルと言っていい存在になっている。

とんぼの活躍を一旦置いて、五十嵐の再生をじっくり丁寧に描いた後(とんぼがいない話をこれだけやれるのはゴルフ専門誌の特権だろう)、現在連載ではとんぼの新しい戦いと、年上のライバルたちのプロテストの模様が2ラインで描かれている。進まなかったひとりの天才もいるが。

とんぼのプロテスト?とんぼは来年……いや、そもそも……


・リアルな描写


作画はヤングオート誌で「たいまんぶるうす」などのヒット作を持つ古沢優先生だ。なんとなくヤンキーもののイメージが強かったが、このマンガでは一転、可愛いとんぼを描いている。いや、とんぼのプレイにジェラシーを持つ時の五十嵐のコワイ顔は今までの積み重ねの賜物だろう。

表情の豊かさと素晴らしさ。とんぼたち若者ももちろん、ゴンじいたち老人の作画も素晴らしい。とんぼを育てた島のオッサンたちもだ。

なにより島の作画が素晴らしかった。週に2度のフェリーしかこない離島。忘れられた日本のような、獣だらけのモデルとなった島(トカラ列島の中之島らしい。ゴルフコースは残念ながら実在しない)をベースにした背景も素晴らしい。そしてそこに現れる島民のゴルフコースの神々しさ。

ゴルフマンガの良さはもちろんスポーツとしてのゴルフ、心の戦いであるゴルフであるが、ゴルフコースというビルのない自然の背景とも思う(実際のゴルフもそうなのだろうが)。

そして道具。アニメの「オーイ!とんぼ」を見て気づいたのがエンディングテロップの設定協力に並ぶ実在ゴルフメーカー、本気だ。

原作ではとんぼは色々な人たちから貰ってクラブが増える。それは色々なメーカーの寄せ集めなのだけど(だがそのメーカーの歴史に残るクラブ)、そのメーカーが載っている。アニメを長く続けるという現れのひとつではないかと期待が高まる。

そしてもちろんその一本一本にエピソードがあり、プレイの度にそれは肉厚が増していく。

とんぼの設定のモデルは同じく3番アイアンで幼少期からプレイしたスーパープレイヤーのセベ・バレステロスのようだが、とんぼのプレイスタイルには他の名プレイヤーの要素もたっぷり含まれる。とんぼの自由自在は過去のプレイヤーによりある程度の裏付けが為されているものなのだ。

このあたりはやはり原作者もプレイヤーである強さなのかもしれない。

もちろんゴルフを知らなくても楽しめる。技術解説はややレベルが高いが、丁寧かつ良く図案化されているし、現実との整合性も高いと思う。でもテクニックだけでなく、とんぼの、五十嵐の、ライバルたちの成長譚だけでもとびっきり良い作品なのだ。


・おわりに


前期のアニメ界は「魔法少女にあこがれて」という思わぬヤバいダークホース(大好きだ)が話題をかっさらった。そして今期は大ヒット作の3期がみっしりと集中するというとんでもないシーズン。

そんな中で「オーイ!とんぼ」は話題の中で埋没しそうな感じもするが、逆に灰汁の濃い今期の中で、唯一最高の清涼剤となるかもしれない。そしてこの素晴らしい傑作は長く続けて欲しいのだ。そしてそれを楽しんで、出来れば原作マンガを手に取って楽しむ人が増えて欲しい。

「オーイ!とんぼ」は、ゴルフ専門誌というマンガ界の離島で暖かく育てられた傑作なのだ。それはひっそりと地道に大きく育って我々の前にようやく出て来たのだ。作内のとんぼが島を離れ、九州女子選手権に出場した時のように。

コーチと少女が世界へ羽ばたく道のりをカタルシスたっぷりで読む、これはもうひとつの「メダリスト」なのだ。読まないなんて勿体ない。

記念すべき50巻の予約もスタートしている!




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