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【短編】からだという枠

お盆で、夏休みで、どこにもいけない夏。
行くところがなくなった姉弟と甥姪は、実家に吸い寄せられるように集まった。虫が光のある方に、フーッと集まるみたいな感じに見えた。まだ幼稚園に上がるか上がらないかの甥姪は、虫というよりは怪獣みたいなものなのだが。

「うわ、ランくん、そこ引っ張っちゃっていいの?」

自宅の小さなビニールプールで、一歳になる甥が、びっくりするところを触っている。もぞもぞ、もぞもぞ、と、ずーっとイチモツを引っ張って伸ばしている。

「あー、ある日、急に、自分におちんちんがあるということに気づいたんだわ」

アレは、ある日急に、あると気づくものなのか。

「手足に気づくみたいに、チンチンに気づくなんて…面白すぎる」

「多分あれ、上のりかちゃんが、水遊びの時にあそこを水鉄砲で撃ったせいなんだよ。それで自分には違うものがあることに気づいたみたい」

あまり考えたくないけど、撃たれて、快感だったんだろうか。あんなかわいい甥のエロスというのは、どうも想像したくないネタだ。おじさんになるってことでさえ、想像したくないのに、さらに一歩進んだところを攻めている。

「自分に体があること自体、最初は気づいてないもんね」

違う方に自分の意識を持っていきたいと思った時、姉がちょうど良い感じの話題を口にした。

「手、見てるもんね、3、4ヶ月の子って。おお、手だ、みたいにさ」

「私、自分がおしゃぶり咥えられた時、衝撃だったわー」

「なんで?」

「自分がおしゃぶり咥えた途端、クソうるさかった音が、ピタッと止まったのよ。ひゃあ、これはわたくしの上げていた泣き声でございますか!って、衝撃的すぎたわけ」

姉の相槌というのは、まっすぐ打ち返されない。少し角度がついて、返ってくる。同じ話題を話しているはずなのに、話が違う方に進んでいく。私はボーッと話を受け流しながら聴くタイプなので、それはさほど気にならない。姉は我が道を行くタイプなので、私がこんなことを考えていることすら、気にしていない。そういう感じで、噛み合っているようで少し距離がある付き合いを、私たちは昔からしている。

「そういえば、小さい頃タマタマを触りすぎたせいで、睾丸が上に上がってしまって、片方しかなくなっちゃった友達、いたわ。ランくん、気をつけた方がいいと思うよ」

「え、本当?」

急にピーンと思い出し、珍しく私は姉のような返しをし、珍しく姉はストレートに回答した。体というのは魂が出ないための一つの枠であり、枠は、全機能が果たされる方が快適だ。風変わりな姉と言えど人の子、子供の健康に関係するとなれば、聴く耳を持つらしかった。

「ぎゃああああ!」

私が姉の問いに答えるより先に、ひどい泣き声が響いた。

「うわっ、ラン!あんた、何やってんの!」

姉は脱兎の如く席を立つと、庭のプールにいる息子の手を引っ張り上げた。ランの片手には空っぽの植木鉢、プールの中にはドロドロの水と、根が剥き出しの小さな梅の木が埋まっている。その中で、ランの従兄弟で、同じくらいのソウが泣いていた。

「肉体ではないけど、ある意味、ランは枠を超えている」

戻らない姉と、怒られてボリューム2倍になった泣き声を聴きながら、私は思った。

(1299字)


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