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【400字】ラジオ体操おじいちゃん

「今日も元気に、
 ラジオ体操の歌から始めましょう!」

寝ぼけ眼の僕の耳に、音声が聴こえてきた。

朝だ。ラジオ体操だ。

部屋の空っぽのベッドたちを横目に、
談話スペースに行く。

音頭を取るおじいちゃんの前に、
既にみんな並んでいる。

「ラジオ体操、第一〜!」

おじいちゃんは誰よりもしなやかに、
誰よりも気力に溢れてラジオ体操をする。

僕らもシャキッと背を伸ばし、腕を伸ばす。

まるで、飛んできた気力に影響されたみたいだ。


同じ病室の牛丸さんは、物心ついた頃から毎日、
ラジオ体操をしているエキスパートだ。

「私は昭和三年、十一月一日の生まれでして。

 昭和天皇の即位の御大典事業の一環で、
 ラジオ体操が始まった日なんでございます。
 

 母親がいたくそれに感激しましてですなあ、
 陛下の功徳にあやかるのだと、

 小さい頃から、
 ラジオ体操を仕込まれたんでございます」



奇跡的に戦火を逃れたり、
色々なラッキーが重なるうち、

「自分の幸運は、ラジオ体操のおかげだ」

と思うようになったという。 


「幸運の習慣としてやめられなくなったんですわ」


雨の日も、雪の日も、
魅力的な女性と一夜を共にした翌朝も、
毎朝六時三十分からラジオ体操をする。



「困るんですよ。
 いい仲になった次の朝、ラジオ体操すると。
 
 なんだこいつって思われるんでねえ」

芸者に引っぱたかれたこともあったらしい。

「若気の至りですわ」

もう良いお年だから、
こうやって入院しているのだが、
やっぱりこの習慣はやめられなかったらしい。


牛丸さんが

「長寿の秘訣はラジオ体操」

なんて言うもんだから、
同室の患者達も参加するようになっていった。

牛丸さんのラジオ体操は、本当にすごいのだ。

病気したり怪我したりしているのに、
なぜかみんな、体操で元気になる。


「生きる希望が持てるようになるんですよ」

と話しているおばさんまでいる。

僕も、腕の複雑骨折で気が滅入りそうだったのが、「これは、治る!」って今は本当に思っている。


でも、そんな精気にあふれた牛丸さんは、
何のご病気なんだろう?

「さあ、どうなんだろうね?」

この近い距離にありながら、
病室の誰もが知らなかった。  


僕らにラジオ体操の習慣がついた頃、
牛丸さんは退院した。


みんなもちろん寂しがったが、
「牛丸さんを忘れずラジオ体操は続けよう」
という話になり、この習慣は残った。


その後、病室の一人が
「別の棟で、牛丸さんを見た」と噂した。


「また入院されたのかしらねえ」

「年だもんねえ」



みんなには言わなかったけれど、僕は知っていた。

なぜ牛丸さんがここに「入院」しているのかを。

たまたま
院内の早朝散歩をしていた時のことだった。

病院のスタッフの全体集会だったようで、
ラジオ体操をしていた。

「えっ!」

百人以上のスタッフの前で、
なんと、牛丸さんが体操しているのだ!

白衣を着ているけど、間違いない、
あの生き生きとしたラジオ体操は、
牛丸さんご本人の動きそのものだ!


「おはようございます。
 本日も、素晴らしい1日が始まりました。
 
 私のラジオ体操普及活動も進み、
 今では多くの病棟で、
 患者さんが健やかな1日を始められております。

 これもみなさんが、私の入院『風』生活を
 ご支援くださっているおかげです」


な、な、な!


「院長、ありがとうございました。
 続いて今月の諸連絡です」


院長!

牛丸さん、ここの院長だったのか!


「びっくりした…でも、牛丸さん、ありがとう」


人の手を借りながら台を降りる牛丸さんに向かって、遠巻きから、僕は心の中でお礼を言った。



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