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【短編】夜はなにかを含む

だるくて泣きそうな夜。生温い夜風に当たりながら、炭酸水を飲む。月は見えない。つい昨日まで満月を煌々とさせていたのに。

まとわりつく湿気は、私の気分も湿らせた。都会の夜は騒がしい。音がなくなることがない。ビルはゴォゴォとした音を出すし、線路も、首都高も、眠らない。

山あいの宵闇が恋しい。
ジージー鳴くミミズと、熱い地面を冷ます木が恋しい。

沈殿する過去は、「いま、ここ」には立ち上がらない。世界は「いま、ここ」にしか存在しない。過去や未来というのは、私の意識が旅行しているようなものだ。「今」ではない場所に。

今夜みたいに、ふしゅっと力が抜けてしまうと、私は「いま、ここ」を失ってしまう。殺風景で味気ない景色に、心は侵食されてしまう。

この街は大きく、上がろうとする力が強く、時々私はそれに負けそうになる。街のパワーに飲まれそうになる。街に釣り合うだけのエネルギーを、私も出し続けないと、均衡は保てないのに。

世界と私の間にある、隔たり。
夜が、闇を引き出す。

「ふう」

炭酸水をグイッと飲んで、気分を変える。喉がパチパチ弾けて、胃が少し膨らむ。大きな伸びをひとつして、湿った空気を脱ぐように、カラッとして冷えた部屋に戻る。

外と同じ空調のゴオゴオいう音が響くけれど、部屋の中は明るくて、サラリとしていた。

「私の引き出された闇は、どこに行ったのかな」

歯磨きしながら、暗い夜と、じっとり重い空気に溶けた闇を思う。

「夜は、いろんなものを含んでいるな」

いつか死んでしまったあと、この世の不思議を全て知ることができる部屋で、私は夜の成分を知ろう。

「その前にすこし、死ぬ練習でもしておくか」

私はひんやり肌になじむシーツに潜り込んだ。


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