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映画感想文【大いなる不在】

2024年製作
監督:近浦啓
出演:森山未來、藤竜也、真木よう子

<あらすじ>
幼い頃に自分と母を捨てた父が事件を起こして警察に捕まった。知らせを受けて久しぶりに父である陽二のもとを訪ねることになった卓(たかし)は、認知症で別人のように変わり果てた父と再会する。さらに、卓にとっては義母になる、父の再婚相手である直美が行方をくらましていた。一体、彼らに何があったのか。卓は、父と義母の生活を調べ始める。父の家に残されていた大量の手紙やメモ、そして父を知る人たちから聞く話を通して、卓は次第に父の人生をたどっていくことになるが……。

映画.com


評価が難しい映画だなぁ、と思う。
老いは誰にでも等しく訪れるもので、認知症もまた、悲しいがありふれたものである。更には家族の不和も特段珍しい話ではない。
であればこの映画は、ありふれた情景を切り取ったものに過ぎない。一体何を読み取れば良いのだろう。

藤竜也の、いかにも気難しい学者先生、遠山陽二は良く演じられていた。
口にする言葉は語彙も豊富でスピーチも実に巧み。現役時代はさぞやご高名な教授であったのだろう、とうかがえる。
そんな立派な人物が認知症で大事な恋女房のことを忘れ傷つけてしまう。陽二も悲しいが、忘れられていく妻・直美(原日出子)の悲哀こそ辛い。
タイトル『大いなる不在』とは直美のことか、消えゆく陽二の記憶か。

印象深いのは、幼少時の息子・卓(森山未來)に対する暴力を、認知症が進んだ今になって詫びるシーン。
一度は覚えていないようなふりをしてお茶を濁そうとする卓の表情には、怒りと諦めと少しばかりの侮蔑が入り混じっている。
そんな卓に陽二はなおも言い募る。傍観者の視点からすれば腹立たしい。自分で「身勝手だが」と前置きしながらそんなことはこれっぽっちも思っていない。あるいは「でも許してくれるだろう?」という思いが透けて見えて非常に不愉快になる。

だが結局、卓は父親に許しを与え、その後も穏やかな交流が続く。つまり親子の間のわだかまりはいくらか解けたのだろう。
映画の冒頭ではいざという時の延命について尋ねられても無関心だったところが、最後には「できるだけ良くしてやってほしい」と延命を希望するようにまでなる。

優しいしお人好しだな、と思う。
その辺りの心境の変化が、いまいち理解できない。陽二の何がそこまで卓の心に働きかけたのだろうか。
手紙に綴られた、直美への眩しいほどの愛の告白だろうか。
だがそれは翻って自分と母親に対する裏切りの証でもある。
身内に対する許しではない、ということだろうか。遠山陽二という、老いて大事なものを忘れようとしている人に対する憐憫であり慈悲に過ぎない?

直美サイド(?)にはまた別の疑問が残る。
陽二と直美は再婚同士で、直美にも子供が二人いるらしい。
卓が陽二の家の掃除中に直美の息子が訪ねてきて、穏やかならぬ雰囲気を漂わせていく。
お金の問題や認知の歪みによる事故など、彼の語る内容は劇中では詳細に明かされず、また与えられた点と点をつなぎ合わせても矛盾が生じるような。
とにかく消えた妻・直美に関してはモヤモヤが残る。

この息子の存在によって陽二だけが悪いように詰められたから、それによって卓の中で弁護する気持ちが芽生えたのだろうか?
卓に陽二に対する庇護欲を持たせるためだけの存在?


家族のドラマにミステリ要素も加え、頻繁に切り替わり巻き戻る画面に混乱させられ、なかなか消化が難しい映画である。
老いは寂しいことだし、忘れられることは悲しい。
心温まるラスト、とは言い難いが、残された息子にとってはこれがリアル。藤竜也の演技としっとりとした音楽が良かった。
熊本県最古の駅舎、網田駅(おうだえき)とその近く、網田海岸公園にはいつか行ってみたい。


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