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映画感想文【八月の狂詩曲】

1991年公開、原作 村田喜代子、監督 黒澤明

高校〜大学生の頃、黒澤作品にうるさく騒いでいた。
多分「周りとはちょっと違うゼ」感を出したかった中二病だと思う。
思い出せばちょっと恥ずかしいけれど、しかしその頃に見た作品はどれも素晴らしくカッコ良かったのも事実だ。
七人の侍、用心棒、椿三十郎、隠し砦の三悪人、生きる…
今観てもやっぱり凄いなと思うし、面白い。やはり最初は活劇ものをおすすめするだろうか。『赤ひげ』あたりも良いが、実は『デルス・ウザーラ』では長さに負けて途中で寝てしまった。あと『夢』も。
そりゃまあどんな名監督でも傑作があれば駄作…とまで言わずとも「うーん…」という作品もある。ヒッチコックしかり、キューブリックしかり。観る方だって趣味があるし。
特に「黒澤作品は白黒が一番!!」と長年思っていたし、『デルス・ウザーラ』や『夢』の見づらさがあってカラー作品は敬遠していたのだが、約一時間半の短いものとあって酒の肴代わりに鑑賞してみた。

<あらすじ>
長崎から少し離れた山村。老婆、鉦のもとで孫四人が夏休みを過ごす。そこに届く一通のエアメール。田舎に似合わないそれは、from America.
戦前ハワイに移住した鉦の実兄、鈴次郎が病床で鉦に会いたがっている、どうか会いに来てくれないか、とのこと。
先に事実を確認すべく渡航した鉦の子供(孫の親たち)によれば、彼はハワイに広大なパイナップル農場を保有し、豊かな財と子供、孫に囲まれ一見して成功者。
孫たちは初めて異国の地を訪れる機会に胸を躍らせ、渋る祖母をなんとかうなずかせようとする。子供たちも間近で見た富に浮足立つ。
しかし鉦にとっては、かつて敵として憎み、そして長崎の地に原爆を落とし夫を奪った国の人。どうにも気が進まず…。

最初はちょっと演出過多かな…と、最前のカラー作品敬遠の経緯もあって冷めた目で観ていたが、少しずつ黒澤作品らしい良さが出てくる。それがわかりやすいので他よりはやや観やすい。
祖母、鉦は孫には優しいお婆ちゃんだが、結婚前は教師をしていたとあってきっと昔気質の厳しく頑固な性格なのだろう。ちらと窺わせる嫁姑問題が密かな笑いを誘う。

孫たちはとても良い子たちばかり。このぐらいの歳の子ってこんな素直だろうか?とも思うが、戦争を実体験した人が今よりずっと身近にいた1991年なら、これも不自然ではないのかもしれない。8月9日の夏の日は、どんなに捻くれた子供であっても、本能で真剣に向き合うべきなにかを感じ取るのだろうか。
この作品で言えば影は薄いが、朴訥な少年(青年)役といえば吉岡秀隆。起用した監督の目は確かだ。
今公開中のDr.コトーでの白髪姿を観ているからか、その若さに慄く…。

若いと言えばリチャード・ギアである。あらイケメン〜〜若い〜〜〜。
それもそのはず、1991年といえばあの名作、プリティ・ウーマン公開の翌年。時代を感じるのも当然のことだろう。
当時かなりの『アメリカ、ハリウッドを代表する人気俳優』であったろうに、世界の黒澤と言えどこれほどに「反戦」「反核」の色強い作品によく出演したなぁと思う。

そう、作品のテーマは一貫して「反戦、反核」だ。
ただ声高に戦争反対!核兵器反対!と叫ぶのではなく、戦争があった国に生きていた人たちが、戦後半世紀近く経って(※作中)どのように感じているのかを通して負の影響力の大きさを語る。
リチャード・ギア演じるハワイ在住の甥、クラークと老女、鉦の交流はほんの一時。映画の中でも一瞬だったが、例えばドキュメンタリーのように24時間密着取材だったとしても短い時間だったろう。

夜の縁側で、クラークが拙い日本語で喋る。自分たちアメリカ人が近づくことで夫を失ったときの辛さ、原爆が落とされたときの恐怖、それを再び思い出させることに対して詫びる。
それに鉦が応える。

「よかとですよ」

ただそれだけの言葉にどれだけの許しが込められていただろうか。
甥のクラーク、実兄の鈴次郎、そして鉦自身を包み込むおおらかな優しさと大いなる時間の流れを、確かに感じることが出来る一幕だった。
それを観ていた孫の一人、信次郎が言う。

「僕、なんだかとても良いもの見た気がする」

原爆を投下したアメリカと、敗戦国の日本と、国と国とがそれについて語り合うことは、はっきり言って現実的ではない。様々な憶測や思惑、立場があって、語り合う場を設けることすら難しいだろう。
しかし個と個なら。
鉦とクラークのように、良いものに出来ることもきっとある。
これが映画の一番良いシーンだと思う。

それから場面は急転直下。怒涛の展開で一時間半はややあっけないと思うほどの短さだった。もっとクラークや鉦の思いを掘り下げても良いんじゃないかと思ったし、物足りなさもあった。
しかしこれはこれで、良いのかもしれない。
人の思いはどれだけ語っても語り尽くす事はできないのだから、ここで終わらせようと監督が思ったなら、彼らの物語はこれで終わりで良い。あとは観客が思うように、である。
語り尽くすのも、語らずも、なかなか力量が試されるなぁと感じた。



…蛇足と思いながら言うが、ラストシーンについて。
豪雨の中を半狂乱の鉦が走り、子と孫たちが追いかける。その間ずっと、この映画のテーマソングとも言うべき、童謡「野ばら」が流れている。
語彙が貧相で恐縮だが、とてもシュール。なんだか『夢』を観たときにも感じるものがあったような…。
いやこれは最近の……ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破!!?!?
同意、同感を是非とも募りたいところである…。

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