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映画感想文【ある一生】

2023年 ドイツ・オーストリア製作
出演:アウグスト・ツィルナー、ユリア・フランツ・リヒター

<あらすじ>
1900年頃のオーストリア・アルプス。孤児の少年アンドレアス・エッガーは、渓谷に住む遠い親戚クランツシュトッカーの農場へやって来る。しかし農場主にとってアンドレアスは安価な働き手に過ぎず、虐げられながら暮らす彼の心の支えは老婆アーンルだけだった。アーンルが亡くなるとアンドレアスは農場を飛び出し、日雇い労働者として生計を立てるように。やがてロープウェーの建設作業員となった彼は最愛の女性マリーと出会い、山奥の小屋で幸せな結婚生活を送り始めるが……。

映画.com


オーストリアの作家ローベルト・ゼーターラーの世界的ベストセラー小説を映画化。
最初はなんというナンセンスなタイトルかと思っていたのだが、観終わった後はこれ以外のタイトルはつけがたいな、という気分になった。

主人公・アンドレアスの生涯は、最初から困難なものだった。
幼い頃に母親と死に別れ孤児となる。
わずかな縁で預けられた農場主は横暴で、理不尽に虐げられ重い労働を課される。
成長してその支配から逃れた後はロープウェー建設会社で働き出すが、危険な現場では何人もの仲間が命を落としたり重い怪我を負ったりする。
そんななか、アンドレアスは運命の女性・マリーと出会い結婚する。
温かな新婚生活、新しい命、希望に満ちた生活をついに手に入れたかと思いきや、真夜中に起きた雪崩に家が飲み込まれ、マリーと生まれてくるはずだった新しい命は失われてしまう。

別ればかりが目立つ過酷で不条理な一生である。
家族を失った後は戦争が勃発し、困難な任務に当てられたり、捕虜になったり、なかなか幸福は訪れない。
それでもいつか、なにかそれまでのすべてが報われるような幸せがやってくるのではないかと思っていたが、そんな大逆転は最後まで訪れない。やがて老年となった彼の周囲、観光地と化した街のにぎわいばかりが際立つ。
そして彼はついにある日その一生を終える。
天国の住人、最愛のマリーへの手紙を綴っている最中、一人胸を抑えてあっという間に。

アンドレアスの一生は、端から見れば幸せな一生とはとても言い難い。
禍福はあざなえる縄の如しじゃなかったのだろうか、福の割合が少なすぎる。その上、自分から幸せに背を向けているかのようにも見える。
家族を失い自分もひどい怪我を負って、それから後はずっと淡々と目の前の仕事を片付けるばかり。あれがしたい、これが欲しい、という欲求が消え去ってしまったかのようだ。

あるいは彼は、それを知らなかったのかもしれない。
生まれ育った土地を離れ、山ではない、もっと住みやすいところに出てみれば、彼の見たこともない幸福がいくらでもあっただろう。知れば手に入れたいと思うような。
彼の過酷な生まれが無知で不幸な一生を送らせたのだとしたら、それは罪深いことだなと思う。誰がと言えば、周囲であり彼自身だろう。

だがそれは大いなるお節介、価値観の押し付けに他ならない。

彼は彼の一生を、余すことなく全うした。
愛することもきちんと知ったし、選んだものを一度は手に入れた。
失う悲しみも知った上で、それに殉じる決定を下したのも彼自身。
境遇や環境に翻弄はされ、悲しみは確かにあったが、なにかに迷う様子はついぞ見えなかった。
自分の歩んできた道を振り返って悔いることがないのだとしたら、それは間違いなく「良い人生」だ。
自分が幸せと言うなら、幸せ。他人の評価など、耳を貸す必要はない。

アンドレアスの一生、ずっと共にあったアルプスの山が美しい。
彼の短くはない一生という時間をかけても、その姿は変わらない。変わらなでいられるということは、強く厳しくあるということと同義である。
だからこその美しさ、と言えるかもしれない。
スクリーンで見ることが出来て満足。




ヤギハネスってどういう存在だったんか……。
彼だけは良くわからなかった。


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