私の夫と深夜3:33のパンケーキ

私の夫は『変』だ。

よい『変』なところは、なんだか暖かいところ。春ともなれば蝶々が寄ってきて、どうしてか全身から花の香りがする。リスなどと遭遇する。ベンチに座ろうとすると、だれの置き土産なのかどんぐりなどが置いてある。春だけでこれだから、夏、秋、冬もそれぞれの季節らしい、プレゼントらしき奇妙なことが連続する。

結婚する前から、私はそれは知っていた。旦那はひょろひょろして痩せていて食も細く、病気がちでよく風邪をひく。病弱だ。頬もこけている。

けれど、結婚してから、私は夫の『変』をさらに知った。それは大抵、深夜にもたらされた。
わるい『変』と、ひとによっては、そうだろう。

「おい、おまえ、わるいが起きてくれ」
「どうしたの」
「お客さんがきた」

その言葉で、ぴんとくる。私は、ピンク色のボタンで留めた、ワンサイズおおきめのイエローのティシャツとチノパンをパジャマにしていて、ほんの最初の1回か2回くらいは着替えた気がするが、もはや着替えることもなく、リビングに入った。

「こんばんは、皆さん。妻のはるかです。よろしくお願いします」
「これは」
「ミドウさん、夜分遅くにこんばんは」
「パンケーキを焼くのが上手なんて素敵な奥様ね」

にこ、とお愛想笑いをして、私は台所にきてあくびを噛んだ。ホットケーキミックス粉をだして、卵とまぜて、豆乳もいれて、そして隠し味に練乳をしぼった。すべてをかしゃかしゃと手際よく済ませると、今度はフライパン。
先にフライパンを空だきして、熱々にしておく。

ホットケーキのもとを、たら~ん、フライパンとそれが触れるなり、じゅわわわ、みずみずしい気泡の焼ける音色。

リビングから、夫と客人との他愛もないやり取りが聞こえる。こんな、深夜3時の客人なのに、客人も遠慮がないし、夫も遠慮がないし、戸惑いも躊躇いも無くそのひとたちは世間話に興じていた。演奏のような、ひそひそした声ではあるから、私はなんだか余計に眠い。
パンケーキが一枚できて、それに最初から切れている四方形のバターをのせて、メープルシロップをたっぷりにかけた。

「できましたよ。一枚目です」
「はい、はい!」
老婆が元気よく手をあげる。よれた黒いロングスカートに、派手な柄の長袖のジャケットをきて、こぎれいなのかこぎたいのか、中間地点といったところだ。

「できましたよ。二枚目です」
「ありがとうー!」
まだ若い、大学生ほどの少年が両手をあげて皿を受けとる。バックパックをイスの下において、ジーンズにマフポケットつきのパーカー。そこらを歩いている、ちょっとみすぼらしい大学院生のようなムードが似合っていた。

「はい、三枚目です」
「えへへ」
三十代もなかばのサラリーマンが照れて頬を染めた。嬉々としてナイフとフォークを受け取ってパンケーキに全身で挑んでいく。きちっ、フォーマルスーツを着て、とても深夜3時の客人には見えない。

「四枚目、はいよ」
「いつもありがとね、はるかさん」
うちの夫は、いつもの態度でひょうひょうとパンケーキの皿をもらう。はるかさん、シェアする? 聞かれて私は首を左右に揺する。
「さいきん、ダイエットしたいから。こんな時間はよしておきます」
「そうかい? じゃあ、いただきます!」

「んん~っ、おいしい!」
「じゅわじゅわする。いやあ。良いお嫁さんだね、ミドウ。パンケーキを焼くのがうまいって、人生でとても大切なことなんだよ」
「仕事よりずっと人生をゆたかにするよな」
「ははは。ははは。はるかは自慢の奥さんの鏡だよ、うんうん」
「おかわりもつくれますよ、みなさん」

客人たちの顔が明るくなる。深夜3時のパンケーキパーティは盛況だ。
私は、熱い紅茶をゆっくりに飲みながら、あまったるいパンケーキとメープルシロップ味のリビングで夫の隣に座っている。本当におかわりのリクエストがあるから、同じようにパンケーキを焼いた。客人は3人ともおかわりをして、満腹そうに大事そうに、自分の腹を撫でていた。

「いやあ、おいしい」
「おいしいね」
「おいしいですよねぇ」
「それはよかった。みな、元気がでるなら、これ以上はないよ。ふああ、そろそろ眠くなってきたね」
「そう?」
「まだ元気だよ」
「でもお腹はいっぱい」

「……私はそろそろ、失礼しますね。おやすみなさい、皆さん」

客人たちがそれぞれ別れの言葉を言う。こういうときが、うちの夫の悪いところかもしれない。深夜に何故か安眠が妨害される。
けれども、こういう日は決まって、布団にもどるとふわふわした心地好さに包まれる。まるで私が私でなくなった、布団そのものになるか、雲か、綿菓子になった気分で静かにやすらかに眠りに戻ることができる。

翌朝、尋ねてみると、
「帰ったよ。みな、夜明けのころに。はるかさん、今夜もホットケーキをありがとう、とても喜んでいたよ」
「それはよござんした」

眠い眼をこすった。シンクに溜まっている四人分のパンケーキ皿とフォークやらで、深夜の客人が現実であると再認識する。朝日は窓から射して部屋の温度を一段階、引き上げる。ほわほわした眠りのやさしさは身体に残っていてまだ、私は気持ち好く二度寝だってできそう。

でも私はフライパンをとって、まずは洗いものをはじめた。こんな『変』な夜はたびたび、月に何度かある。私はパンケーキをつくる。夫はすまなさそうにしながら喜んで客人たちとパンケーキを食べる。深夜3時すぎの団欒があたまによみがえる。

うちの夫は『変』だ。けれど、魔法つかいのような旦那だ。



END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。