盲目の恋愛少女モノガタリ

海底暮らしがながく、人魚たちは目が見えない。目のなかは虚ろな灰褐色をしている。しかし、その姿は生まれながらにして、ダビデの彫刻作品がごとく美しかった。

ゆえに姫様たちと呼ばれる。
人魚姫は、ある人魚姫は、触れた何かを触ってみて、それが自分の顔貌に似ていることを知った。

それは人間の王子様であった。人魚姫は目が見えないから自分と同じ、けれど違う、これが人魚のオスなるもの信じてその瞬間に恋ははじまった。定まった予定調和にしてモノガタリは始まった。神による神のための慰みのようにして!

海の仲間に聞けば、あれは人間というらしい。魔女ならば人間にカタチを変えられる。人魚姫はねがい、己を人間へと作り変えた。

魔女は、声を奪うことにした。
なぜなら、人間になるとともに陸上生物の特徴として、『目が見える』ようになる。その視力と引き換えにするなら、声辺りが妥当であろうと計上したのだった。

その新たなる人間は、しかし、地上において右往左往することになった。はじめての世界。見えるようになったが、何も見えなくされたのと同じだった。魔女の計上は正しかった。

しかし、モノガタリは美しく、人間はその美しさゆえに再会を果たした。王子様はその少女の美しさを気に入って召使いとして城で抱えるようにと命じた。

せいいっぱいに、礼を告げるように頭を揺すった。

「…………っ!」
「どういたしまして。美しき乙女」

王子様は、どこの馬の骨とも知らぬ、しかし絶世の美少女の手のこうに、口づける。

モノガタリはここから人魚姫と王子様の恋が叶わなかったこと、人魚姫が自己犠牲の愛を選択したことを、語る。

しかして、現実は、ここまでだった。

その人間は、王子様が誰であるか知らず、地上のすべては宝石だった。優しく料理を教えてくれる料理長がやがて恋に落ちて、その恋の隕石に惹かれて人間も落ちていった。

王子様は、目が見えているのに、面影だけを追ってどこの馬の骨とも知らぬ修道女を后に選んだ。面影しか覚えていない、不幸な男であった。

喉がつぶれている少女は、やがて成長して人間らしく育ち、誰もがふりかえる美女となる。けれど、美女にすると地上のすべてはやはり宝石であった。目に見える、すべてが美しい!

料理長はやがて城を出て自らの店を持った。美女は、指先の感覚をたよりに店の会計とその手伝いを始めた。大繁盛であった。評判は、山を超えて海に入って深海にまで届いた。人魚姫たちがなにやら笑ったという。

「世界一美しい女なら、そりゃあアタシたちの妹に違いないのだわ」

実際、そうであった。
美しくなく、しかし美しい、それが平凡なる現実のお話である。


END.

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