ホモサピエンス、陰謀により長寿になる

「うっうっうっ……」
「ひどい、ひどいわ」
「こんなのってひどすぎるわ」

太古、ある海では、連日のお葬式がひらかれた。というのも、近頃の陸上の生きものは彼女たちが不老不死であると気がつき、ならばその効力にあやかろうとなんと彼女たちを狩っては食べることを覚えたからだ。
おかげで、日向ぼっこの岩礁は使えなくなるし、浅瀬で姉妹たちでたわむれるなど、もってのほか。銛を携えた『かれら』はどこぞから現われて、彼女たち人魚の胸や頭をひと突きして『今日は人魚鍋じゃ』『不老不死の鍋じゃああ!』などと喜んで持っていってしまう。

「姉様、ねえさまの体が、貝殻しかないなんて」

連日のお葬式では、肝心の人魚の体はいつもない。身につけていた貝殻や、きれいな小石のネックレスなどが殺害現場に残される。さも、いらない装備をはぎとって捨てた、というふうに、殺害現場に残されている。

「う~っ、うっ、うっ、うっ!」
「ひどすぎる」

海の底で身をよせあう人魚たちは、こうして泣き暮らしてもう何年過ぎたかわからない。ある一匹がついに節目の決意を漏らした。
「あたし、にんげんが、ゆるせないわ」
「でも数では勝てないわ」
「にんげんが、ゆるせないわ」
一匹の人魚は、今回、食われた人魚の姉であった。

ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、呪詛をうめきながら、海底の砂を手であさって切れ味のある石ころを探す。おもむろに、自分の尾ひれを石で叩いてガッガッと肉片を切り出しだした。
「なにしてるの!!」
「いいのよ。これでいいのよ」
尾ひれが、そのうちに再生するとは知っているが、人魚だって生きものだ。自分たちの血なんて見たくない。

もっと明日を行きたい。もっと毎日を楽しみたい。その一匹は決意を語った。「皆。にんげんを、この世から消してしまいましょう。復讐してやりましょう、にんげんに」

作戦は、とても痛いが、方法そのものは簡単だった。人魚たちはひそひそと作戦と合意を交わし、ひそひそと承諾しあい、これまで喰われた何十匹もの人魚たちの弔い合戦が開始されることとなった。

「にんげんはバカなのだわ。不老不死の生きものを食べたって、不老不死になれるわけがない」
「でもちょっと寿命は伸びる」
「でも丸ごとを食べないとダメなのに、魚の部分だけだったり、皆で鍋にしてばらばらに食べたり、まったく無駄な食べ方なのだわ」
人間への怒りをくちぐちに漏らし、人魚たちは海の方々へと散らばった。

あちこちで、人魚の尾ひれや腕や髪の毛や、彼女たちの肉片や肉体の一部がばらまかれた。魚の餌になり、蟹の餌になり、貝の餌になってプランクトンにすら喰われるようになった。なかには、撒き餌のやりすぎで傷口が膿んでしまい、それが原因で亡くなる人魚もいた。それでも人魚たちは取り憑かれたように海に自分たちの肉片をばらまき、撒き餌し、海の生きものたちに自分たちを少しずつ食べさせた。

人間が自分たちの世界を西暦と名づけるようになったころ、人魚の生息域は深海にうつってもはや人間と出遭うだけの数も場面もなかったが、人魚たちの復讐劇は続いていた。
人間の不届き者が海に捨てたものを漁って、彼女たちは「うふふ!」と含み嗤って邪悪に微笑んだ。
「にんげんの寿命が80歳にもなったわ」
「こっちの人間は116歳まで生きて、国いちばんの長生きですって」
「昔は20年がせいぜいの生きものだったのに。うふふふふふ」

人魚たちが人間絶滅作戦をはじめる前、人間という生きものは、寿命がせいぜい二十年か三十年かの脆弱な生きものだった。ところが西暦、人間は百歳まで生きると信じられて、平均的に八十歳は生きる。寿命が延びた。人間たちは、これを医学の進歩と言って長寿の理由と信じている。

ところが、人魚たちは知っていた。

「うふふ、あと100年もしたら200歳まで生きるかしら」
「うふふ、あと200年もしたら300歳まで生きるのね」
「うふふ、人間、もう人間なんて生きものじゃないわね、陸地を歩いているだけのあたしたちの仲間、陸地の人魚なのだわ!」

人間は少しずつ、すこしずつ、人魚の肉を魚や蟹や海老や貝やさまざまなものから人魚の肉片を食べ続けて、今日の寿命を手に入れたのである。実のところ、いまや『人間』は絶滅しつつあって、代わりに『地上の人魚』がどんどん育っているのである。人間がそれを知らないだけだ。

人間は、あとすこしで絶滅する生きものだ。
代わりに、人間ではない、人間の『かたち』の人魚が、陸地を占領するようになる。これが人魚たちの恐るべき復讐だ。



END.
(毎日更新100日目になりました、やったー!!)

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。