一番シアワセな時間だね(たんぺん怪談)

手をふっても無視される。
声をかけても無視される。

ああ、中学のいじめを、思い出す。アレで私ってジサツしたんだった。それも思い出す。そっか幽霊か。だから、みんなに無視されるんだ、私のせいじゃないのね。

私は、幽霊なのをすぐ忘れるのに、幽霊であることを、思い出すと、ひどく安堵できた。

だって、私のせいではない。
無視されるのは、いじわるではない。

幽霊なら仕方がない。
心からそう思えて、安寧を得て、ゆらゆらとその場にただよう。なんて至福なシアワセな時間、生前には無かった時間だ。

しかし、邪魔者は現れる。
気に入らない相手だ。

黒ずくめで、目が赤くて瞳孔まで真っ赤で、フードを被っていた。スタイルがよくて漫画にでてくるような美女。

「あのー……、そろそろ、どうっスか?」

ただでも、口調は、同級生みたいなバカな感じだ。見た目に似合わない。
お互い、生きてないから指摘や苦言はなしだけれど、この女の人は残念な美人すぎるとか言われてたにちがいない。

「成仏はしない」

頑として告げる。いつもの返事だ。幽霊なのを思い出したらもう絶対こう。

「あのですねぇ、ウチのノルマであんただけなんスよ、こんなに。粘ってられちゃ営業ノルマに響きまくりっス……、ほんといいかげんにして貰えませんかね?」

「いや。今が一番シアワセなんだってば」

「まじで? マジ言ってるんスか?」

「マジ。文句あるか」

「いっやーー、だからぁ、勘弁してくださいってぇ〜〜っ……!!」

こんな、シアワセな時間、私が人魚姫であっても手放さないだろう。例えば王子さまに人魚の肉をむりやり食わせて、永遠になる。いっしょに。名案だ。
誰も、泡に溶けたりしない、消えたりしない。私は、シアワセな時間が過ごせる。

歯で岩に齧りついてでも、離れるもんか。

「なんとかお願いシャスって!!」

うるさい、残念美人の死神はジャマだけどね。


END.


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