傾国人魚の美貌

人魚姫は美しかった。だから、魔女は腹いせになにかしてやりたくて、人魚姫が人間にしてくださいと頼みに訪れたときなど狂喜乱舞である。今こそ、この、生きるだけで美しい目障りな生き物を醜く歪められるチャンス!

しかし、美しかった。

魔女は憎しみすら抱いているのに、美しすぎるから、人魚姫の美貌を損ねる真似はついぞ出来なかった。妬んでいるから無条件のうちに人魚姫を人間にしてやることもできず、声音のみを奪って、人魚姫を陸に放逐した。

ああ、美しい人魚姫。憎たらしい人魚姫!!

あとは野となれ山となれ。海中から、水晶玉を通して魔女は憎き人魚姫のその後を見守った。てっきり魔女の算段では、声がでないもんだから恋愛は失敗するものかと。

しかし、人魚姫。美しすぎた。

肌理(きめ)細かな素肌は星砂を満遍なく埋めたよう、かがやく。ブロンドヘアは陽に透けて宝石よう、光る。大きな瞳は色素が薄く、大粒の真珠がぶらさがるよう。人魚姫は完璧に美しかった。精巧な人形でもこうはなれない。

魔女の読み、魔女の期待はハズレて、人魚姫だった女は王子と結婚してしまった。

しかし。

人魚姫は美しすぎた。城のなかで人魚姫を巡って争いが起こる。結婚しているのに、人魚姫を我が物にしようとあらゆる男が策略を巡らせる。

あらあら、面白くなってきたぞ? 魔女が思う間にも事態はさらに悪くなり、隣国が攻め入ってきた。魔法を通して見守る魔女は知っている。先頭、旗本の隣国の王は、もはや70歳に近い老人であるが、人魚姫に恋して手中に収めんと画策している。魔女は大笑いして人魚姫の美貌をようやく、ほんとうにやっと、おおいに褒めたたえた。

美しい、うつくしい人魚姫。

この破滅の女!!

あまりに面白すぎて気に入ったので、魔女は人魚姫に小瓶を届けてやることにした。それは人間から人魚姫に戻れるクスリだった。

人魚姫は、国を失い、王子を失い、敗戦国の哀れな未亡人として魔女のもとへ帰ってきた。魔女は優しく人魚姫を迎え入れて、それからは自分の使い魔として大切に育てた。

実際のところ、人魚姫にずうっと本気でほんとうの真実愛情を注ぎつづけてきたのは魔女のやつである。

魔女当人は、未だ気づかぬとしても。こうして彼女たちの初恋は成就した。


END.

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