少女漂流

マンボウのように。プカ、プカと浮いてばかりいる彼女は、当然が如く変わり者である。人間の話ではない。人魚たちの話。

彼女は、あるいは流木のようにして、波のさざめきにまぎれて桃が流れるようなどんぶらこを演じてみせる。きりきりまいに巻き上げられるときもあらば、大波により海中に叩き込まれるときもあった。それでも戻ってきて体を伸ばし、一枚の板かなにかのよう、平べったい漂流物として揺られる。彼女はそれが好きなのだ。浮遊感、遊泳感、プカプカの感触がただただ好きだった。楽しい。

彼女ほど害のない人魚はいない。

しかし、無防備に漂流しつづけているものだから、ある日、沖釣りにでていた人間の団体に「なんじゃありゃあ!」「魚か? 女か?」「わからん。奇妙じゃあ!」など騒がれた。人間たちは人間たちで抜け目なく危険な連中である。会話しながら銛を用意して世間話をしながらこれを射出した。人魚の腹に銛が突き刺さって、海上漂流が大好きな彼女は、こんなにも無害なのに、船のうえへと引ったてられた。

痙攣してビクビクする彼女に怯えた視線が集まる。奇っ怪じゃ。とてもじゃねえが食えんなぁ、学者に見せるっちゅうんは? ばか、密漁がバレるぞ!

彼らは軽快に言い合いながらビクンビクンしている人魚に手をやって、これを裏返しにして海へと戻した。銛を引き抜き、人魚の血で辺りは紅く染められた。船乗りたちはエンジンを稼働させて不気味なポイントからさっさと退散していく。あかいあかい、血溜まりの海がしばらくその周りを、少女人魚といっしょに漂流した。

それが彼女の最後の冒険になった。いつしか肉も内蔵も溶け落ちて真っ白な骨だけが残った。骨が軽いからか、彼女の骨だからか、今もずっと波に揺られて飲み込まれずにゆらんゆらんしている。

彼女は、漂流が大好きだった。


END.

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