人魚、筆は描けずとも

人魚にふでおろしはできない。もちろん、隠語のほうの言葉だ。その海辺では交通事故が多発するほど、運転手が横見運転をする。バイク乗りがなにやら気をとられて路面に転倒する。海に面した道沿いで、警察は事故多発の看板を掲げたが、昔からの地元住民はその理由を知っている。

あそこは『出る』。

そして、あれは目撃者の目の玉がせりだすほど『美しい』。たよなかなウェーブがかった亜麻色の髪の毛がたっぷりと上半身に絡み、見事なトップレス。豊満な乳房をおしむことなく見せびらかし、髪のすきまからピンク色にあわづく胸の尖端までも露わにしている。
大昔はちがっただろうが、今は、あれはテトラボッドによく腰をおろしている。そこで海風を浴びて潮漬けになるのがお気に入りだ。

洋洋とした海を前に、たわわな髪をなびかせては、人間でいうところの『微笑み』などを顔に貼り付けて、それは潮風を浴びる。

それは、喋らない。
だから言葉を交わした住民はいない。けれど、皆が、その姿に一度は見ほれて危うく手の物を落としたり、石ころにつまづいたり、する。だから、ここは事故が多いのだ。

テトラボッドからそれを観ただけじゃわからないが、それの下半身は、ヌメヌメした緑と黄色にうつろった透明がかったウロコに覆われている。ヒレがあって、それは海から現われて気がすんだら海へと帰す。水棲の生物だ。ただ、陸でも呼吸はできる。ワニとか、両生類なのかもしれない。

世が世なら、これは殺されている。
あるいは、場所はほんのちょっとズレてこの先の1キロ先の海岸線に出現するようであれば。

この区画の住民は穏やかだった。奇っ怪なバケモノの女を鑑賞してそれを楽しんで放っておいている。なぜなら。

全員が、彼女の世話になっているからだ。

あれは女である。野生の獣である。半分人間、人の頭がある『なにか』。トップレスで胸元がふくよか、艶やかな陶器の素肌をもって、上半身をまるだしにして海辺によく現われる。若い男の子などが、ふらふら、ホタルがメスに誘われるようにして近寄ると、『それ』は微笑んで男の子との性交を試みる。それが本能であるかのように。

ただ、下半身は魚のものであるから、彼女に筆おろしはできない。実のところそれが唯一の救いで、この区画の住民がまだ滅びずにいる理由であるが、純粋無垢な男の子は『彼女』と戯れてはじめての男の悦びを知る。その豊かな胸に触れて、虹色にきらめく宝石の瞳孔に見つめられて。上半身すっぽんぽんのそれは手を貸してくれる。さも大事そうに、人間の交尾をまねして手伝ってあげている。それが、彼女にとって意味あるまねなのか、ただの暇潰しなのか、真意は誰にもわからないが、昔からの住民は彼女をそんなふうにして『よく知っている』。

幸い、あいのこの子どもはまだいない。幸いなことに。

ただ、不幸なことに、交通事故は多発している。相変わらず。不幸なことに。

だけれど、人魚は今日も、地元住民たちに愛でられて、お気に入りのテトラボッドのうえで日向ぼっこなどを楽しむのだった。
男の子も女の子も、彼女によって『異性』を知らされる。

彼女は、昔からの住民にすると、『海からの宝』である。
村の若者たちは今年も子沢山になった。




END.

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