パパママ本気の人魚コスプレ

「そぉーりゃああああ!」

叫びながら、パパが釣り竿をひきあげる。括ってつけてあるのは細い釣り糸ではなく太さがある縄で、それは、6歳になる娘の腹に巻きつけてあった。
パシャパシャパシャッ!

連続撮影がすかさず敢行される。
リビングは、風船があちこちに転がされて、なんともフォトジェニックな空間だ。珊瑚礁やヒトデなどの切り抜きが壁に貼ってある。波を表現してカラーテープを引き裂いたものが天井から垂らしてある。
そんななかを、娘が両手をひろげて飛んでいる。釣り竿の縄によって、ぶおんっ! とリビングのちょうど中央空中ド真ん中に釣られた。

「きゃー。ママぁ。こう? こう? 杏音かわゆい?」
「かわゆかーよ!! アンネ、こっちこっち、目線ちょうだい!!」

目の色を変えて、アンネのママが騒ぐ。パパは釣り竿を握ってぐぎぎぎっとさらに奮闘してアンネを高く飛ばした。

天井にちかづき、アンネは、人魚のしっぽに包まれている両足をじたばたんとくねらせる。アンネは、青いドレスを着て、しっぽスーツを着て、青と白のスパンコールを縫い付けられた『人魚のしっぽ』を履いていた。一本足のタイツのようなつくりで、そこにむりやり足をいれてある。頭には、プリンセスらしく金色に輝くサークレットがあった。
きゃ! きゃあ! アンネが騒ぎ、ママがはしゃぐと、釣り竿をにぎっているパパのこめかみには、太い汗が光る。

「すごぉーい、とんでる! とんでる!」
「やぁっぱ何事もCGよりもスーツアクターの演技よねー!? パパ、もっと高くして! アンネをぐるんぐるんさせて! うちらの職業にかけて、ハロウィンコスプレこそ命かけなきゃなんないんだから!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ」

高飛家は、両親そろって、テレビドラマやバラエティ番組などの美術スタッフとして働いている。そんななか、目に留めたのが、テレビの企画の『親子たのしいハロウィン撮影会!』だった。

2020年、今年はなにかと家にこもる毎日である。ここで本気をださねばいつだすのだ? 今でしょう!! と、いう話だ。
娘人魚を吊り上げて汗をほとばしらせるパパに、わざわざ買い換えた高性能スマホを手に娘を追っかけるママ。撮影会の結果なんてともかく、アンネにとっての2020年いちばんの思い出が、今、かたちづくられていた。

「きゃあーっ!! マーメイドプリンセスー!! かわ!! 手ぇふって、こっちこっち! 手ぇ手ぇ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!! 泳ぐぞおおおお!!」

パパとママにしたって2020年いちばんの思い出が今、真っ最中だ。
思い出づくりに場所なんて関係ないよね、大事なのは、いかに本気になれるかなんだよ、なんて、大人ぶってアンネがくちにするようになるのは、それからのことだ。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。