『不老不死の男』

上身頃がニンゲンで、腰からは尾ヒレ一本に繋がる下半身があれば、所謂ニンギョになるはずだ。それだから、荒海に船が揺られるなか、船長は手斧を両手にして大波にまじって甲板に転げ出てきた半分ニンゲン半分サカナの奇っ怪な生き物の前にでた。両断した。腰をまっぷたつに。

所謂ニンギョといえば、不老不死の漢方薬でもあるとの噂はご存知だろうか?

喰えば、仙人のようになれるのだ。

船をどんぶら〜と揺らされながら、船長は、半分ヒト殺しのショックを受けて、目と鼻孔を広げてそれでいて口呼吸をぜいぜいと盛んに漏らした。ショックが落ち着いてくると、他の船員に見つからないように、ヒト殺しみたいに見えるから、ニンゲンに見える上半分は大海原に蹴り捨てた。横殴りの雨が吹雪になってザーザーと甲板に矢を降らす。残った下半分、もう巨大魚の下半身もどうぜんになったそれを、袋にくるんで自分の個室船室に持ち帰った。

それで、一週間ほど。

船長はニンギョを食った。刺身は寄生虫やらなにやら魚身に信頼ができないからやめた。煮魚、焼き魚、照り焼きにした。それで1ヶ月ほどして、船長はしかし自分が、不老不死になっているかがわからない。なにせ死なねば分からない。簡単なのは首吊りなり飛び降りなり自殺してみることだが、それで本当に死んでしまったら、検証にもならない。誰かに事情を話して観測者になってもらうことも考えたが、問題点は変わらない。結局、自分が死んだら、不老不死を検証する価値もなんもない。

そうこうして1年が過ぎて、5年が過ぎて、30年が過ぎた。船長は癌になった。発覚したときにはステージ5だった。

人間とは厄介なものである。検証はできずじまいだったのに、あの荒海の夜に人魚を手に入れた自分はたぶん不老不死になったのだと船長は信じてしまった。確かに、容姿は変わらず、この30年の月日がすぎても船長は若々しい男だった。でも魚中心の食生活、漁師としての日々の運動、そして自分は不老不死であるというプラシーボ効果のなせるワザかもしれない。船長は、スマホでぽちりぽちりと検索する。

『不老不死』

老いず、死なぬこと。

『不老不死 死ぬ どうしたら』

殺される、病気にかかる、不老不死になるまえに細胞死しているならば、その細胞もまた永遠についてまわることになる、こと。

船長は、30年前からもう、癌の超初期変異細胞を所有してしまっていたのである。



船長は死んだ。

普通のひとのように。

船長が人魚を喰っていることは、船長しか知らないから、誰にも知られぬままこうして船長とともに墓の寝床に永眠することの次第だった。


END.

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