イチ+イチはヨン無し

いち、いち、イチたすイチは?

「1です」

大真面目にカウンセリングの先生に言い放つのは、今年で30歳を超える或る男性である。

「そっかぁ」

「イチ、イチ、イチ、イチ、1が4つあるから正しくは1の4つです。プラスって記号、あれも縦の1と横の1で+です。センセがどうしても俺に数学をやれッていうなら、答えは4ですよ。俺っておかしいですか?」

「そんなことはないですよ。ただ、自分の世界にやっぱり囚われちゃうっていうか、そこで思考が固まっちゃうのかな」

「俺は何も困りません」

「でも困っちゃったから、施設からこうしてここに来てるんだよ。それは、わかっていますよね。それほどなんですよ」

「数学は、」

男は、ややしてから、考えてから、それから思考を放棄して投げやりに返答した。

「ガキのころは天才だ学者だって騒がれてました。俺の数学は他にはできない。イラストですか、小説ですか? ああいう活動の数学なんですよ」

「でも、でもですね」

「ハイハイ。そですね。生活はできませんね。こんな数学創作じゃなんも食えませんよ。俺ッて頭どうかしてるんですか?」

カウンセリングの聞き手たる女性は、動かずにただ聞き返した。

「数哉(カズヤ)くんはどう思う?」

「どうかしてます。だがイラストならトッププレイヤーだろうし小説ならなんか文学賞ですよ。俺だけですから。こういう数学ができるのは」

「たしかに、世界にたった一人かもしれないね。うん」

でも、だから。と、先生は上半身を乗りださせて数哉に告白する。

「他人、他者、他の人が必要なんじゃありませんか? 画家も作家も、みんな苦しい生活をしてきて、誰かに価値を見つけてもらってやっと名前が残せる感じじゃないですか」

「そですね」

「数哉くん?」

「でも、俺ひとりの世界で一銭にもならないですけど、でもこれなら世界一になれてるんですよ。俺ッて世界一の数学創作の書き手なんです。クリエイターなんです。俺、こういうのになりたかったんで」

「そっかぁ。……そろそろ時間ですね。お薬でらちょっと変えましょうか。いいですか?」

「ハイ」

数哉は、両目をぎょろぎょろさせては、カウンセラーのタイピングするキーボードを見つめた。数字が、数学の刻印が、そこに垣間見えた。

数哉を救う、神の数字たち、だ。


END.

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