土曜日の13日

まだ、死なない。カレンダーの日付けを見て彼は肩の荷をおろした気分だ。父親が、13日の金曜日だな、缶ジュースに見える、大人の缶を手にしてカレンダーを覗いたことがある。ひげがもうもう茂ったタンクトップの背中に、通学路で猿を見つけたみたいに肝が冷えた。

また、よくないことを言われる。
このひとはいつもそうなんだ。いじわるなんた。

彼の知るかぎり、学校のいばっている連中、いじめたがりの奴ら、誰よりもいじわるだ。例えば、突拍子もなく頬をはたいてきたり、何も言わずに10日間くらい姿を消してなにもいい残さず消息不明になる。
帰ってきても、ぶってきても、何事もなかったみたいに前のとおりの日常をやろうとする。どうにかしている。父親は。

母さんは、はっきりと父親を、母さんの結婚相手を、怖がっている。いつもご機嫌とりをしていて彼は父親、そして母さん自身よりも、優先度は低かった。いちばんよわい。

父親がふり返る。
頬をねじまげて奇っ怪に笑う。なにか、ウラがある顔をして笑う。よくない裏側が透けて見えた。父親は彼をなんとも思っていない、彼にそれを知らしめる、いじわるな笑い方だった。

「よかったなぁ、俺が優しい男で。これがサイコならとっくに13日の金曜日沙汰ってもんだ、良かったなオマエ」

……ときどき、父親は、名前を忘れたのかなと彼は思う。
名前を呼ばれなくなって、どれだけ経っただろう。

ほんとうに心の底から、彼は、この家において、どうでもいい他人なのであった。この家では家族はおらず、ただ、母とも呼ばれる女、父親とも呼ばれる男、そして幼い男、3人の男女がいるだけの家であった。他人が寄り集まっているだけの屋根の下だ。

彼は、家にいるときだけWi-Fiがつながるスマホで父親の言葉を調べた。
そして心にナイフをさくりと入れられた。入刀された心臓は血を流すけれど、目玉は乾ききって、傷ついた心臓は激しく脈打ってより多くの血を垂れ流す。

ああ、彼は自分の価値を知ってしまった。
不幸なことだ。

この家における、自分の価値を知ったらば、大抵は早急に出て行きたくなるものだ。他人の家であるから。

彼は、カレンダーの13日を欠かさず、毎月、確認するようになった。金曜日じゃない。土曜日。土曜日! あぶないところだった。

大学生になり、社会人になり、大人になった彼はそれでもカレンダーを確認する。

結婚した。つぶやいた。

「よかったなぁ、今日は土曜日の13日だ。なんも起こらない日だぞ」

ふり返ると、息子は、猿に出くわしたみたいな表情をして、まさか怯えているみたいだった。


END.

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