そして勇者は不老不死の怪物に

魔王討伐が成功した。勇者にとって、これ以上はないという人生の春がようやく訪れた。暗くじめりじめりした洞窟を剣と盾を手に探索しては命がけで戦ったあの日々、魔王軍との戦争で陣頭指揮を執ったあの戦、すべての苦労は報われた。

この頃は王族の娘を誰か嫁にもらってくれないか、なんて話も国王に誘われる。6人いる娘たちのうち、好きな子はいるか? と宴会や花見の席で問われた。勇者は悪い気はしなかった。

苦労がますます報われる。これからは貴族の暮らしができる。煤と埃に満ちた、修行と苦労の日々をもうすでに懐かしく感じている。ここらで現役引退をして嫁をもらって家庭に入る、それは辺境の田舎あがりの男にすると、夢のような出世話である。

だから、春も終わり、魔王討伐成功のお祭りムードも絶えてきたある晩に勇者は王様の誘いを受け入れた。いちばんの末娘を指名した。見た目は可愛らしく、王宮で育てられた箱入り娘そのものといった愛らしい雰囲気はあるが、王子の目的はその身分だった。末娘ともなれば政治に関わらずに済みそうだと判断したのだ。

ところが、末娘は人畜無害そうな微笑みを浮かべて、結婚式を終えた初夜の寝室に、奇っ怪なものを持ち込んだ。半解凍されているがまだ半分は凍って、なんだかドロリとした肉塊か、銀食器に載せられていた。

「勇者さま、ミディアムかレア、どちらがおくちに合いますか?」

末娘ははしゃいで勇者をいざなう。

「勇者さま、わたくしたちは代々、こちらを食べて魔王などよりも立派な肉体を手に入れているんです。不滅の肉体でございます。あたしなんて、末娘ではありますが、それはいちばんはじめにこの人魚の肉をくちにしたから。本当は長女のロリエンタルと申します。姿を変え、顔を変えて、今年でもう200年は生きてきておりますわ。さぁ、お父さまからご許可がでました。あなたのお食事です。ようこそ、勇者さま。不滅の我が一族に……」

一瞬、ゆめを見ているのか、と勇者は疑った。

だが銀食器の肉塊が解凍されるにつれ、魔王城で嗅いだような怪物独特の腐臭を発しているから、勇者は悟らざるをえなかった。魔王と戦っているからと、魔王に張りあえていたこの王族の人間たちがただの無害な人間であると、誰が保証できたものだろう?

なるほど。魔王は怪物だった。けれどこちらも怪物であった。そして、今、勇者はこちらの怪物たちに見初められて仲間に誘われている。

勇者は、夜の帳がうすぐらく寝室を包むなか、銀食器のきらめきを見つめた。どすぐろい血がプールになって銀食器のふちに溜まっていく。そして、勇者は、答えた。

「ウェルダンで、よろしく」

「かしこまりましたわ」

末娘にして長女のロリエンタルは、姿に不釣り合いな妖艶な微笑みを浮かべて、銀食器を手に厨房へとさがっていった。夜の暗闇に肉塊を焼き上げる、ジューシィな汁の音がやがて聞こえてくる。

勇者は、今日、人間を止めることにした。


END.

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