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芸術の天才・秀才と、マーケティングが生み出すビジネスの価値の違いとは。

アマデウスという映画がある。
調べたら1984年の上映だった。40年経っていた。

僕はオンタイムでは観れていない。
当時まだ10歳で、この映画に興味すら示せていない年頃だ。
だけど、子供心に騒がれていたことは覚えている。
なぜなら、ポスターが見た目怖かったから。

映画.com

年を重ねて思う。控えめに言って名作だ。
まだ観ていない人は、是非おすすめする。

調べれば一部フィクションもあるが、
モーツァルトがいかに天才だったか。
そして天才がゆえに、不器用だったこと。

その才能を妬みながら、無視できない人がいて、
その二人を軸に物語は進む。

これ以上は是非ご覧頂きたい。

が、一部抜粋して書きたいが為に、
この前振りがある。
以下ネタバレがあるので、ご留意ください。

頭の中で既に完成している交響曲

病床にある、死の直前のモーツァルトが、
完成している交響曲を、
楽譜に記して欲しいとお願いする。

頭の中で出来上がっているけれど、
病床にある為、楽譜に落とせないという設定だ。

モーツァルトはベッドの上からどんどん伝えていく。
一音たりとも言いよどまず、間違いもない。
完全に完成している。書く方が追い付かない。

これが天才なのか。
と震えた。


もう一つ事例を挙げようと思う。
内容が今一つ思い出せないまま書いて申し訳ないのだが、
昔、ある絵師が、顧客から肖像画を頼まれた。

あっという間に仕上げて納品したら、
【早すぎる】
と、クレームを貰った。
顧客は絵師が手を抜いてるのだと勘違いした。

その絵師は、早く描けるようになるまでに、
どれだけの経験と研鑽があったのか、
あなたは知らないのだ。

という意味合いのことを言った。
というのが、この話の流れなのだが、

経験と研鑽は、秀才を作る。
という例えだと解釈した。

どちらにも共通しているのは、
【完成図が頭の中に明確にある】
というところだと思っている。

芸術家とは【完成図ありき】だということだ。
完成図を思い描いてからスタートしている。

このnoteの記事を書くのにも添削しまくっている凡才の僕にとっては、
とてもじゃ無いけど遥か彼方だ。


だが、ビジネスでは往々にして、
というか当たり前に、完成図通りにいかないことが多い。
なので、対応力と修正力などが必須のスキルであると感じる。

僕はマーケティングの観点は、
昨今のビジネスにおいて必要不可欠なものだと思い、学んでいるのだが、
前述の芸術家の仕事とは、対極にあると思っている。

マーケティングでは導き出せない答えに、
芸術家は辿り着くことが出来る。

例えば最近では、iPhoneがその最たるものだと思う。
もはやスマートフォンなしでは語れない世の中になった。

後世の歴史の教科書で、AIとスマホ誕生以前と、誕生以降に振り分けられるのではないかと思えるほど、革命だと思っている。


逆に、芸術家では成しえない答えに、
マーケティングは辿り着くことが出来る。

例えばAmazonがその最たるものだと思う。
もはやAmazonのサービスなしでは語れない世の中になった。

芸術家とマーケティング、それぞれが生み出す価値で、
これからも世の中は変化していくと思う。

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