豊かさのかたまりなんだよ
じゃしゅじゃしゅという音で目が覚めた。どこかの家が門前の雪かきをしているらしい。
起きて布団から足を出せば床は冷え切り、接地の足裏が痛い。
今日まで息子は学校がリモート授業。娘は、昨日の降雪にはテンションが上がっていたのに今朝は道の残雪が空気を冷やすと雪に文句を言いながら出かけて行った。
ちらちらと雨。家の前にはシャーベット状の雪が残っている。さっきの雪かきの音はお隣さんだったらしく、隣の家の前の歩道はきれいに雪が寄せられ地面が見えていた。
17年のあいだ東京の、この家に暮らして、雪が積もるほど降った日は何日あったろう。
はじめて積もった日にあわてて買ったスコップを、今も雪の日だけに限定して重宝している。
夏のあいだも、雪の降らない冬も、ずっとずっと家の壁に立てかけてある。こうして眠る時間の長い無機物が暮しには本当に多くて、でももし持っていないと雪かきはできないわけで(中腰でプスチックのまな板とかでやることになっちゃう)、人と物のぐずぐずした関係に感心する。
雪かきは、サンダルではじめたら当然タイツに水がしみた。娘のスノーブーツに履き替えた。
午前中の作業は滞りなく終わって、昼は餅を焼いて食べて、息子は焼き芋が食べたいと芋を洗った。
オーブンの天板に並べながら「鼻炎の薬が切れたから午後はジビエに行くわ」とのこと。
うちでは最近、耳鼻科のことをジビエと呼んでいる。脈絡なく脊髄反射で狭いコミュニティの言語は軽やかに変貌する。
ところでジビエってなに? とあらめて息子に聞かれて、ほら、あれでしょう、狩猟でとれた野生の動物のお肉のことでしょう。日本だったら鹿とか? イノシシとか?
不安でネットで調べて「あと野ウサギとかって書いてあるね」
息子は「野うさぎ……」と味わった。
「お味噌汁の”お”みたいに”野”がうさぎをやさしくする感じあるね」
たしかに……。「野ばらとか、野いちごとかも、”野”でやさしくなるね」
すると息子ははっとして「野ぐそもある」と言ってふむふむと思案しなにかメモに書いた。
午後は用事で外出、引き続きぱらぱらとまばらに雨が降り、繁華街は傘をさす人とささない人が半々でいる。
用事を終えて、書店と100円ショップをひやかして、源氏パイを買って帰宅。
源氏パイはおいしすぎておそろしいタイプのお菓子だから畏怖の気でなかなか手がのびないが、寒かったから自分をねぎらう気持ちが高まり買うことができた。
徳用で個包装の小袋が24個も入っている。うれしいが、やはりぞっとはする。
帰って一袋2枚を食べた。私などの弱小の胃はこれしきでもうお腹がいっぱいになって笑ってしまう。油と砂糖と小麦粉で、豊かさのかたまりなんだよな。
晩は昨日に引き続きカレー。最近カレーを作っていなかったから、人々が「2日目のカレーだ」「これがあの2日目のカレーだ」とざわついた。うまいうまいと食べた。
そうして話題はやはり源氏パイの分け方で、気づけばすでに息子は奔放に数を数えず食べたらしい。
娘がギンと目を座らせるが、実は娘ももう2袋食べたそうで、衝突にはいたらない空気のまま、今回についてはひとりいくつ等の数は決めず、それぞれに高い倫理観と道徳観と健康意識を持って常識的に食べて行こうと話し合った。
夜もしっかり寒かった。先に布団に入った娘に「寒い」と言われる。「こんなに指が冷たいよ」と差し出された指をにぎると手のひらがぬるく冷えた。
もう私は寝ようと思っていたから、娘のためになにかしてやるのが正直面倒で、でも「寒い」と言うその訴えはなんとかせねばならない種類のものであり、湯たんぽを作る。
湯を沸かし、湯たんぽにそそぐうちに面倒さは消えた。優しく「はい」と渡して、自分のと、息子のにも湯を入れる。
息子が「側溝の、ピザの耳みたいな段差に車の影が走ると、猫みたいに見える」と言って図解してくれた。
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