私が愛するあなたの凡庸のすべて

早寝の私は気を抜くと22時台に寝てしまう。昨日も早々に布団に入り、すかっと眠り込んで次に目が開いたら朝の6時なものだから、太陽とともに生きるのが上手すぎる。

しかしスマホを手に取ると、友人たちから、23時、0時、2時にLINEが着信しており、私の野生のいきざまとはちがう文化的な生のかたちを目の当たりにした気がして恥じたのだった。

恥じの反動でぜんぶ7時台に返事をした。

遠くにいる人に思いをはせ、この空の下のどこかにあの人も生きているのだと思う、そんな言説をよく見聞きするし実感もするのだけど、こう生命の時間帯が違うと、おなじ世界に生きる人間が同じ世界に生きていない可能性を感じる。

土曜日。この週末にやることは、たくさんもらった柿を半分実家に分けること。柿は父の好物だ。それから近所の友人に借りていた傘を返す。別の近所の友人に本を返す。図書館に本を返す。渡すと返すを鋭意、交差させる。

借り物の傘の表面をきれいにしながら、傘立てに娘が小学校中学年のころまで使っていた小さな傘が2本残っているのに気がついた。

薄々、使わないのに置きっぱなしだなとは感じてはいたのだけど、そのままにしていたもの。

いい加減捨てようとまとめつつ、なんとなく開いてみると表面積は思った以上の小ささで、このサイズで誰の体が隠れるのかよと思うが、こたえはまだ小さかった頃のうちの娘なのだ。なんだろう、過去が、時間がかわいい。

息子は学校でやることがあるのだと、休みだけれど出かけて行って、過去がかわいい遅寝の娘も起き出した。

洗濯物を干していると娘がぎゃあと言うのが聞こえて、見ると背中を丸めてヨヨヨと泣くふりをしている。

「どうした」
「コップに水が入ってなかった~~~~~ 苦い~~~~」

鼻炎の薬を口に入れて、水で流し込もうとするが、持ったコップに水が入っておらず絶望した、ということらしい。感情が豊かすぎる。

かけよって「元気出して~~」と背中をさすってコップに水を汲んで速やかに渡してあげてから頭をなでた。

冗談で過剰に娘に親切にするのが私の中で流行している。娘は元気になった。

最近、友人と愛について話をしていて(していたんですよ)思ったのだけど、その人が好きだということは、その人の存在を大いにありがたがる、ということだろう。

あるいっときでもあなたがこの世に存在してくれて助かった、私は大変に幸運です、というような。

存在をありがたがることが愛だとして、するとその評価の根拠は極限まで凡庸になる。

水を欲しがってすばらしい、くらいのこと。私が愛するあなたの凡庸のすべて。存在というのは凡庸なことだからな。

元気になって新聞の4コマ漫画を読む娘をながめ、ぼやぼや、そんなことを短絡的に適当に思った。

午後は娘が欲しがっていた白い長袖のTシャツを探しに街へ出て、首尾よく見つけて買い出した。実家に渡す柿の紙袋を下げながらの買い物だったから手が重たく、娘と交代で運ぶ。

カルディの前をとおりかかると、娘が「コーヒー配ってるじゃん」と声をあげ、うわ、本当だ。カルディが店頭でコーヒーを、また配り始めた。

ここはどこだ。一気に、何事もない平然とした元の世界にもどった気持ちだ。

コーヒーをもらうのはまた今度にして電車で実家へ。柿を渡す任務を無事完了させる。父が喜んだ。

母が夕食を食べさせてくれるというから学校が終わるはずの息子も来るように声をかけておいたのだけど、息子がなかなか登場せず。たまに父が誘ってくれてみんなで行くファミレスへ行ってしまったらしい。

電話で今日は家だよと説明すると息子は笑って、私も笑い、家族もあらあらと笑って、うまくいかなかったのにこんなに誰も悔しがらない。悔しくない失敗は、そういえば確実に存在する。

食後、姪っ子と娘がアイスを買いに行ってくれて、私にはスーパーカップのキャラメルチョコクッキーが支給された。やったあ。

量が多いなと、真ん中に線を引いて半分を崩すようにして食べていったのだけど、半分食べきったところで結局食べたさが盛り上がり、そこからは躊躇なく全部食べた。食事ではなくアイスでおなかがいっぱいだ。

帰りの駅で、娘がエレベーターを呼ぶことを「エレベーターを申し込む」と言い、なんだか美しい。


日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』の続編『おくれ毛で風を切れ』、そしてエッセイ集『気づいたこと気づかないままのこと』が刊行になりました。

イベントは大阪を終えてこのあと東京と福岡で!
書店での選書フェアなども開催中でして、くわしくは☟をなにとぞです!

『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』も重版出来しております! ありがとうございます!

-----

古賀及子(こがちかこ)・まばたきをする体とは
お仕事のご連絡
Twitter @eatmorecakes
Instagram @eatmorecakes


いつもサポートありがとうございます。いただいたお金は新しい本を作るのに使わせていただいております!