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夜間飛行の気分

これまでの短い人生の中で、最も美しかった瞬間の一つに大学時代に経験した夜間飛行があります。今日はその頃の記憶を辿りながら皆さんに夜間飛行の気分を味わってもらえるよう、小説チックに書いてみようと思います。


小さい頃から、夜のフライトというものに憧れていた。
都会育ちの自分にとって、夜は星よりも飛行機がよく見える。点滅しながらゆっくりと去っていく一つ一つに、パイロットが乗っていて、いつか自分がそこに座るということを想像するだけで胸が熱くなった。きっとあの席からは日本の綺麗な夜景と、何にも遮られない満点の星が見える。早くその光景を目にしたかった。

気がつくと、パイロットを養成する大学に入っていて、いつの間にか小さい飛行機を飛ばしていた。あっという間にその日はやって来た。

教官と二人で、近くの空港まで行って帰ってくる。それだけの訓練。教官がいたから「怖い」という気持ちは全くなかったけど、夜の恐ろしさはその後のソロで知ることになる。免許を取り終えた今も改めて思う。夜は怖い。

日没を待って、ゆっくりフライトの準備を始める。外部点検をして機内のコンピューターをセットアップする。チェックリストをやって最終確認。夏の夜は涼しい風が吹いて信じられないほど気持ちよかった。まだ少し昼間の空気の暖かさが残っている中で、芝生の匂いにほんのり燃料の匂いが混じった冷たい風を胸いっぱいに吸う。思い出すだけで涙が出そうになる。

「夜間」の定義は様々だけど、日没を確認してからエンジンを回せば間違いない。空のほとんどが夜の色になった頃、ランプでは同じく夜間飛行の訓練をする機体が一斉にエンジンを回し始める。そこからは時間勝負、出来るだけ早く管制官に地上走行の許可をもらわないとランプで待ちぼうけを喰らう羽目になる。みんなの早口の無線を聞きつつ、会話が途切れる絶妙なタイミングで交信する。幸いにも3番目くらいには離陸できそうだ。

滑走路の両脇のライトの色は赤と白、誘導路の両脇のライトは青。黄色や緑ではなく、青にしてくれた先人たちには頭が上がらない。とにかく青は優しい。穏やかな気持ちになる。一番綺麗でふさわしい色だと思う。

順番が来て、滑走路に入ると今度は一転してギラついた赤と白に支配された。
煌々と、陽炎でゆらゆら揺れている滑走路灯は本当に燃えているようで、滑走路の端っこで空と繋がっている。まさしく、夜につながっている路。これが見れるから、コックピットは飛行機の中でいちばんの特等席なんだと思う。

飛ぶ前の最後のチェックリストを終えて、エンジンを全開にする。セスナの小さくて軽い機体はぐんぐん進んでいって、視界の両脇に見える炎の列が加速していく。「Vr|《ヴィーアール》」とコールアウトして操縦桿をゆっくり手前に引いていくと、いつもと同じようにふわりと機体が浮き上がる。同じように上昇しているはずでも、暗いせいかいつもより地面が遠く感じる。コックピットの電気をつけたり消したりしながら、一通りの手順を終えて巡航に移る。巡航に入ると、途端にやることが少なくなるので少しはゆっくり出来る。

セスナで巡航に使う5000ftや6000ftではそこまで星は綺麗に見えなかったけど、代わりに地面はよく見えた。高速道路に連なる車の光。いくら小型機のセスナといえども流石に我々より早く走る車はいないので、その全部を追い越していく。ある程度大きい街はたくさんの光が集まって強くなるので上空の雲が白く映し出される。こんなに強い光の中じゃあそりゃ星なんてたくさん見えるわけがない。

小型機のコックピットのいいところは、外界からしっかりと遮断されることだ。もちろんヘッドセットから他機や管制官の無線通信は聞こえてくる。でも、空間的には本当に周りに「誰もいない」状態になる。夜間飛行が最高なのはこの「孤独感」を夜と一緒に味わえるところにあと思う。
星空、遠くに見える街の光、夜の暗闇、その中でかなりの広範にわたって四方に誰もいないという事実。あの空間にいれたことは本当に最高だった。

そうこうしているうちに目的地の空港が近づいて来た。大きい街の外れにある空港だった。空港は空から見るとやっぱり大きく見える。白と緑が交互に光る飛行場灯台という代物もあるが、60メートル掛ける1キロ以上の滑走路とそれに続く進入灯ほどわかりやすい目印はない。出て来た時と同じように、空港の灯りはギラギラと燃えているように見えた。

その灯りに吸い込まれるように高度を下げて降りていく。アメリカの訓練で使うような空港は日本の大空港のように設備が整っているわけではない。夜の滑走路はそれほど明るくなく、路面が煌々と照らされているわけではないので滑走路までの距離感が掴みづらい。暗闇の中を恐る恐る地面に近づいていって、セスナのか弱いランディングライトに滑走路が照らされた次の瞬間には引き起こさないとハードランディングになってしまう。

初めての夜の着陸だったのでうまくいくはずもなく、かなりしっかり接地感を感じたけれど安全に降りれればなんでもいい。飛行機を飛ばす上で最も大切なのは安全、これはいつでもどこでも変わらない。

また主基地に戻って来て飛行機を降りる頃には一段と空気が冷たくなっていて、肌寒いくらいの風が気持ちよかった。飛行訓練は辛い思い出も少なくないけど、夜のフライトには最高の思い出しかない。
いつかまた、どこかで小型機を借りて夜の散歩に出かけたい。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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