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血のつながっていない父親

どうも、こんにちは。
【株式会社自分の履歴書】では、僕の過去を振り返ります。自分がどんな学生時代、子供時代を過ごしてきたかを知ってもらうことで、皆さんの人生や子育ての参考にしてもらえたらいいなと思います。

今日は父親について書いてみます。実は自分は父親と血が繋がっておらず、今風に言えば我が家は「ステップファミリー」ということになります。僕は物心がついた時には今の父親になっていて、今の父親の記憶しかないのですが、「血が繋がっていない」という事実は子供時代の僕に色々な試練を与えてくれました。そんな父親との思い出を書いてみようと思います。
ぜひ最後まで、ゆっくりしていって下さいね。

(この記事で書く”父親”とは全て育ての親である義父のことを指します)


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孤独だった小学生時代

僕の父親は非常に若いです。歳の差で言うと24歳差。ちょうど僕は最近24になったので、今から1年以内の間にはにもう子供がいたということになります。(義父なので母親と結婚して僕の父親になったのは26の時でしたが。)どこに行っても若いお父さんだと言われ、今でも同年代の同期と比べると圧倒的に若いです。

中学までは剣道をやっていて確か県で3位、大学はヨット部で日本一に輝き、会社ではずっと営業をやっているような、そんな”The 体育会系”の人でした。

僕が小学生だった時はちょうど30代前半だったわけですが、そんな若い体育会系の父の教育はかなり荒っぽく、言葉で諭されるよりも拳で思い知らされることがほとんどでした。今でも覚えているのが
・ご飯を早くたくさん食べろ
・サッカーの試合で活躍しろ
という、体が小さくて運動音痴な僕にはどうしても応えられない2つの要求。
平日は仕事で家にいないことが多く、夕食は母親と子供たちだけで食べるので問題ないのですが、土日は父親も夕食を一緒に食べます。そうすると、「食べるのが遅い」「食べる量が少ない」と毎週末殴られます。僕としては最大限のスピードでお腹がはち切れるまで食べているわけで、もうこれ以上改善の手立てがありません。どうしようもないことで殴られる週末が憂鬱で憂鬱で仕方ありませんでした。

たまに、土日にサッカーの試合があると、車で送ってもらって試合を観戦されるわけですが、「全然活躍出来ていない。努力が足りない」と、帰りの車で殴られます。僕としてはプロサッカー選手になるつもりなんて全くなく、同級生みんながやっているのでサッカークラブに入っただけだったのですが、父親はそれでは不満だったようです。サッカーの試合も本当に憂鬱で憂鬱で仕方ありませんでした。

父親の教育が教育であって、虐待の類で無いことは今となってはわかります。ご飯を沢山食べさせようとしたのも、スポーツを頑張らせようとしたのも全て僕の将来を思ってのことです。しかしながら、5歳6歳の子供にそんな深い考え方ができるはずもありません。小学生時代の僕にとって父は、主に恐怖の対象でしかありませんでした。

6歳にして、事実を知る

そんな、小学校1年生か2年生の時のことでした。家にあったアルバムを何気なく眺めていると、兄と、自分と、知らない男の人が3人で写っている写真を見つけました。4歳年上の兄にこの人は誰かと聞くと

「これが本当のお父さんだよ」

と、一言。

物心ついた時には今の父親で、「本当のお父さん」という概念がなかった僕には結構ショックでした。家族という集団にありながらも圧倒的に孤独を感じる自分に出会ってしまいました。そうか、今のお父さんは「本当のお父さん」ではないのか。どうりで、自分を散々殴ったり痛めつけたりして、妹にばっかり優しくするわけだ。(僕は3人兄妹で、4つ上の兄と4つ下の妹がいます。妹は父親の実子です)

父親の厳しい教育と「本当の父親では無い」という事実が妙に結びついてしまって、小学生の頃は本当に孤独でした。血のつながっている兄も母親も、自分が父親から殴られている時に助けてはくれません。家族という小さな社会の中で頼りになる人はいませんでした。
本気で、「いつか優しい本当の父親が助けに来てくれるはずだ」とか、「ここは自分がいるべき本当の家族では無い」と思っていたように記憶しています。

こうやって改めて振り返ると、小学生にしてはかなり不安定なメンタルで日々を送っていたな、と思います。むしろ、小学生だったからこそこの境遇に耐えられたのかもしれません。学校生活や本を読んでいる時間、レゴに没頭している時間が僕の救いでした。

実は、僕が頑張れる理由はこの「孤独感」が根底にあると思っています。家族は誰も僕のことを好きになってくれないけれど、勉強やスポーツを頑張って、スーパーマンになればきっと僕のことを好きになってくれる人に出会えるはずだ、と。
そもそも家族はみんな僕のことを好きだったと思うし、勉強や運動ができるようになったからと言って他人に好かれるかは別問題です。それでも、中学生高校生だった自分があんなに頑張れたのは、常に心の奥底にあった孤独感のせいだと思っています。

中学・高校時代

「本当のお父さん」が助けに来てくれるはずもなく日々は過ぎ去り、いつの間にか中学生になっていました。中学生になった途端、鉄拳制裁はなくなり、細かいことでうるさく怒られることは無くなりました。突然の自由がやってきた感じです。
どうやらそれが父親の教育方針だったらしく、中学生からはもう何も言わないと決めていたようです。

中学校の定期テストの結果だけは毎度毎度ネチネチ怒られましたが、成績が上がっていくにつれて父親を「黙らせる」ことに成功し始めました。

高校では、もう父と衝突することはほとんどありませんでした。父親が満足する高校に進んだことで、それ以上の望みは特に無いようでしたし、大学以降の進路についても割とすんなり納得してくれて、特に口は出されなかった気がします。

中学高校と、「家庭」以外で過ごす時間が増えるにつれて「孤独感」は薄まり、いつの間にか気にならなくなっていました。多分それは、色々と結果が出るようになって親に認めてもらえたり、中学高校それぞれで部活を自分の居場所にできたからだと思います。そんなこんなで、あんなに悩んでいた「孤独」については悩まなくてよくなりました。

大学にて

こんな感じで、家庭を地獄のように感じていた小学生時代から、いつの間にか中学高校で気にならなくなっていったわけですが、大学生になってもう一度父親と向き合う機会が訪れます。

それは、飛行訓練でアメリカに留学していた時でした。自分がずっとやりたかったことを、最高の環境でやらせてもらっているにも関わらず、どういうわけだか力が出ない。高校受験の時はあんなに頑張れていたのに、あの時のように燃え上がる闘志が生まれてこない。
モチベーションによってパフォーマンスに大きくムラが出てしまう僕としては大問題です。そんな時に、この本と出会いました。

詳しくは読者の皆さんにも本を読んでもらって、実際にワークをやってみてその効果を実感して頂きたいのですが、この本の狙いを僕なりに要約すると、
「過去のトラウマと向き合うことで無意識のうちにかかっている心のブレーキを外し、いろいろなことに挑戦するやる気を出しやすいマインドを作る」
ということです。

この本のワークを通じて、子供時代の自分の一番辛かった思い出と向き合うわけですが、実はほとんどの人にとって、深く心に残るような辛い思い出は親や家族にまつわるものが多いのでは無いでしょうか。一番大切な存在のはずなのに、親との確執が解消できなかったり、心のどこかで親を許せていなかったりするのでは無いでしょうか。

僕はこの本を通じて小学生の頃の自分、父親と向き合うことで、あの頃自分を殴ることでしか教育を施せなかった父親を許すことが出来ました。あの頃は血のつながっていない自分が憎くて酷いことをしているのだと思っていましたが、血のつながっていない自分にあそこまで真剣に向き合い、将来を考えてしっかり教育してくれた父親はすごいと思うようになりました。甘やかして適当に育てるほうがよっぽど楽だったはずなのに、僕が分かるまで根気強くダメなことはダメと教え、やるべきことを教えてくれました。
現にこうして、僕は沢山の夢を叶えて充実した人生を送れています。本当の意味で妹だけを優遇して、僕や兄の教育を放棄することだって出来たわけですから。

これを読んでいる皆さんにも、心のどこかで引っ掛かっている親への確執や、許せていない出来事があると思います。自分もいい年になって、親も老いに近づいている中でも、ちゃんと話し合えなかったりわだかまりのある人って意外と沢山いると思います。
それが、あと1歩あなたのパフォーマンスが出ない理由の一つかもしれません。
辛い過去を抱えて、許せない出来事と一緒に人生を歩んでいくのは辛いです。どんな辛い出来事も、赦してしまうのが一番です。これだけは断言できます。

もし、思い当たる節があったら、ぜひACTのワークをやって自分と向き合ってみてください。きっと、ほんの少しずつ人生が良い方向に向かっていくはずです。

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