「最後の世界レフェランダム」
第一章 規定
世界は変わりつつあった。かつての国家は形を変え、一つの大きな統合された存在へと進化していた。それは、世界政府と呼ばれる新たな機構だ。この政府は、地球規模の課題に対処するために、各国を主導する機関として設立された。そして、その最も強力なツールが地球に住む全人類に直接民意を問うという「世界レフェランダム」だった。
『世界レフェランダム規定』
一、 世界レフェランダムは地球規模の課題に限り世界政府オンラインサイトを介して実施される。
二、 世界レフェランダムは、世界政府評議会において、評議員の三分の二以上による動議があった際に行われる。
三、 世界レフェランダムは、地球の総人口の内、四分の三以上が投票登録をし、総人口の半数以上による賛成があった場合にのみ、その効力を有する。
四、 世界レフェランダムは、世界政府評議会における動議発議後、三カ月以内に実施されるものとする。
五、 世界レフェランダムの結果は、地球に住む全人類の総意と見なされる。
しかし、全人類に直接民意を問う世界レフェランダムは、これまで実施された事は一度もなかった。それが初めて(そして最後になるのだが)実施される事になるのは、ある国の科学調査機関の報告が原因であった…。
第二章 日差し
夏が近づき、日差しがその強さを増す。そんな日々であった。しかし、心なしかその日差しは例年よりも強く感じられた。世界政府評議会の一員で、世界人権擁護団体の政治局長を務めるロートンには、今夏の日差しが人一倍強く感じられた。西暦二万三千四百二十二年の初夏の話である。それには訳があった。先日、ある国の科学研究機関からもたらされた〝太陽の膨張〟に関する報告書を読んだからであった。その報告書には、太陽の膨張速度が想定よりも速さを増し、十世紀後には地球上の温度が七度上昇し、それ以降はこの星での生活が困難になるというのだ。科学者たちの報告によると、人類が取るべき道はおよそ二つしかないという。一つは、すでに開発が進んでいる火星への集団移住である。しかし、これには課題があり、総人口百二十億人を安全に火星に移住させるには、相当なリスクがある事。そして、火星での大気形成がまだ不安定だという事である。もう一つの選択肢は、地球上での人類の生殖活動を金輪際、終了する事とし、現在生存する人のみで文明を終わらせるというものである。
ロートンは、報告書を読んだ後、夜も眠れない日々を過ごしていた。彼の心は重い決断に苛まれていた。火星への移住は、技術的に可能かもしれないが、社会的、倫理的な問題が山積していた。一方で、地球上での人類の生殖活動を終わらせるという選択は、人類の歴史にとってあまりにも悲壮な結末を意味していた。彼は、世界政府評議会の次の会議で、この二つの選択肢を提示しなければならなかった。どちらの道を選んでも、人類は未知の未来へと進むことになる。ロートンは、その責任の重さを感じながら、評議会の大広間へと足を進めた。
評議会の広間は、世界中から選ばれた評議員たちで満ちていた。彼らは、地球の未来を決定するために集まっていた。ロートンは、報告書を手に、深呼吸をして壇上に立った。
「皆さん、私たちの前には、二つの道があります。火星への移住、または、地球上での人類の生殖活動の終焉。この選択は、私たちだけでなく、未来の世代にも影響を及ぼします。私たちは、世界レフェランダムを通じて、全人類の意志を問うべきです。」
議場は騒然となった。評議員たちは思い思いに何か話し合っている。ロートンは、その状況を顧みる事なく、科学調査機関の報告書に基づき、報告を続けた。この残された十世紀という時間の制約の中で、火星での大気形成に成功し、出来得る限りの人の移住を成功させる事。そして、火星への移住を大目的とし、地球上での人類の生殖活動は一切禁止とする事。この二つが確認された。そして、ロートンは初めてとなる世界レフェランダムの実施に向けて、世界政府評議員として、また、世界人権擁護団体の政治局長として、動議の為のロビー活動を進めていく決意を述べ、檀上を後にした。議場はすでに静まり返っていた。世界レフェランダムの実施に際して必要な要件は、三分の二の評議員による動議とその後の地球総人口の四分の三以上の投票登録である。そして勿論、総人口の半数以上の賛成によって、世界レフェランダムで問われた内容は全人類の総意として見なされるのである。
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