見出し画像

登山日誌|栂海新道

この記事は?

おっさんが山に登る記事です。
栂海新道というところに行きます。

私はデジタルコンテンツ部という部署に所属していて、普段の業務は電子書籍関連とライツ関連業務を担当しています。
業務内容は電子書籍の制作から納品、ライツの契約書まわりなど「イースト・プレス 各部署のご紹介」におおよそ書いてありますが、同じ部署の部員の方々にだいぶ助けられているのは秘密です、とても私だけではまわせません。

この記事を書く際に「業務も多忙なのにたまの休暇でも過酷な登山に行く理由は?」と聞かれましたが、…なんでしょう、非日常がいいリフレッシュになるんだと思います。
それに、目標に向けていろいろ想定したり準備したり実行、判断する事は仕事に対しても役立つ事満載なような気がして、体力もつくし仕事のいいトレーニングにもなりますよ!きっとそうに違いない。

そんなわけでまた次の山を計画するのです。

栂海新道(つがみしんどう)って?

長野と新潟の県境にある朝日岳付近の森、「栂の森」と呼ばれる森から日本海の親不知までを結ぶ山道です。

この道はサラリーマン小野健さんとその仲間たち「さわがに山岳会」が切り開いた道で、「ザック(登山リュック)に海パンを忍ばせて、延々山から歩いて最後に日本海に飛び込めたら最高じゃないか」と誰かが言った、とかそんなエピソードを読んだような記憶があって、とても楽しそうじゃないか、いつか行ってみたいと思っていた道です。

山を下って最後に海パンで海に飛び込むのも楽しそうですが、どうせ行くなら登りという事で、今回は親不知をスタートして栂海新道を越えて朝日岳へ、ついでに朝日岳の南にある白馬を経由して乗鞍岳まで行きます。

山に登る人は何kmという指標より、その道を歩くと何時間かかるのかという俗にいう標準コースタイム(登山用地図に載っています)というやつで感覚をつかむ印象がありますが、今回のルートの標準コースタイム合計は約33時間、長いです。

画像1

出典:国土地理院ウェブサイト(地理院地図を加工して作成)
https://maps.gsi.go.jp/#12/36.871656/137.764091/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f

数時間の行程であればざっくりでもあまり問題はありませんが、今回は長いのでまじめに計画を立てます。

準備

栂海新道は親不知から朝日岳間に有人の山小屋がないため、食料(と酒)は自分で用意しておく必要があります。無人の山小屋はありますが、自分はテントの方が落ちつけるので基本テントを持っていきます。

今回は幕営禁止エリアがあるので、緊急時以外はそのエリアで張らないようにしつつ1日であまり無理ない範囲で歩ける時間を計算して、おおよそ何処で泊まるかを決めていきます。

個人的感覚では1日に歩ける時間は8時間くらいまでが楽しめる時間、10時間ほどになるとゆっくりしている余裕がなくなってきて、12時間を超えるとだいたい日没との戦いになってきます。

ヘッドライトがあれば日没後も歩けないことはないですが、月夜の森林限界以上の標高でない限り視界が効かないぶん道を間違えないように気をつかうし、何かしらの正体がよくわからない生き物の声や音が不気味です。

「人がいなくて空いているから夜を選んで登るんです、眠くなったら道端で仮眠します」という人の記事をどこかで見た記憶がありますが変態だと思いました(褒めてます)。

歩ける時間を計算すると今回は4泊5日になりました。
今の会社は、基本的には夏に取りたい日程で夏休みを取れるのでそれをあてて9月に行く事にします、やったぜ!

何泊するかが決まったら、日数分の食料計画を立てます。
その次は装備、だいたい何℃くらいが最低の気温になるか予測して装備を決めます。

以前はものすごく適当だったのですが、今は寝袋は何グラム、この服は何グラムというように装備ごとの重さをすべて量っておいてエクセルで一覧化しておき、重量計算ができるようにしてあるので便利です。

重すぎるようであれば、装備や食料を削ったり、軽いものにしたり調整します。
だいたい、予測気温との兼ね合いで悩んだりします。

重い荷物は歩く速度の低下や疲れた時のふらつきの原因になるので重い分、リスクが増えてしまうので極力軽くしますが、軽くしすぎると寒い思いをしたりするのでバランスが大事です。

今回悩んだのはテントの種類。

テントには壁が一枚布のシングルウォールテントと外張りがついているダブルウォールテントがあり、シングルウォールは軽いですが結露したりするので快適性は下がります。

画像2

左:ダブルウォールテント / 右:シングルウォールテント

自分の持っているダブルウォールテントは付属品込みで1590gほど、シングルウォールは770gほどなのでダブルウォールに比べるとシングルウォールは軽い、軽すぎる!
もっと軽いツェルトという簡易テントのようなものもありますが棺桶のような狭さなのであまり使っていません。

重量だけだとシングルウォール一択ですが、上の写真のシングルウォールは結露対策で壁面の下が空いているタイプなので若干寒いのと風に弱いという特徴があり、だいたい結露で装備が濡れます。

迷いましたが雨が降る日がありそうなので今回は耐候性重視のダブルウォールテントでいく事にします。

いざ出発!

記録

【1日目】晴れ
親不知駅に到着しました。
タクシーは迎車まで時間かかるとの事なので親不知まで歩く事にしました。
車道はダンプがぶんぶん通ります、暑いです、山を登り始めてから使う予定だった水をすでにガブガブ飲み始めています。

画像3

親不知へ行く途中の海岸

親不知に到着したので海岸まで下ります。
シートゥサミット(海から頂上)という言葉がありますが、今回登りコースにしたのもそれがやりたいというのもあります。

海にタッチしてスタートです、これから白馬の山頂まで歩くと考えるとイヤにな…ワクワクが止まりません。

標高が低いと9月とはいえものすごく蒸し暑いです。

今日は峠道の車が入ってこない車道で一泊する事にしました。
日が暮れた頃聞きなれない怪音波が聞こえてきたのですが、どうやら蝙蝠のようでした。

【2日目】晴れ→雨
テントを撤収して登り始めます。

画像4

雲行きが怪しいですがもってほしい

白鳥小屋を過ぎてからポツポツ降ってきました。

ひたすら稜線(山の尾根)を登ったり下ったり。
ほんとはここらあたりで晴れてくれていると、今まで歩いてきた道とこれから登る山の稜線が見えていい感じになっていたはずでしたが残念。

栂海山荘ではもう普通に降っています。
水を汲みに行って雨のなか幕営(テントを張って野営)。

【3日目】雨→晴れ→曇り
朝から雨です、メシ食ってさっさと撤収します。
今日はアヤメ平という湿原を通ります。

画像5

アヤメ平付近

晴れていれば楽園のようだと言われる事もあるらしく楽しみにしていたのですが、白くガスっていてほとんど見えません、まぁこんな日もあります。
途中に渡渉(川を歩いて渡る)するポイントがあります。

ひとつ心配なのは川が渡れる水量かどうかという事です。
だいぶ前から沢の音がザーザー聞こえていて水量が多そうな感じがどことなくします。
昔、雨の日に増水した川で無理に渡渉して流されそうになった事があるため、雨の日の渡渉はトラウマです。

渡れなかった場合は停滞か撤退になります。
通常、撤退の場合はエスケープルートを想定しておいて、最寄りの里めがけて下りるような形になりますが、ここは山奥も山奥、周りに里などないため2日かけて来た道をそのまま引き返す事になりますがそれはやりたくないです。

そのため水量がずっと心配でしたが、いざ渡る段階では周りの盛大な音のわりに水量はたいしたことはなく、あっけなく渡って終わりで、心配していたのがバカのようでした。

アヤメ平を越えると次第に晴れてきたので朝日岳山頂で装備を乾かしつつぼんやりします。

画像6

アヤメ平を越えたあたり

今日泊まるテント場が見えてきました。

画像7

朝日岳小屋

なんとなく絵になるテント場ではないでしょうか。

【4日目】雨(強風)
本日は雪倉岳を越えて白馬岳、さらに白馬大池山荘のテント場を目指します。
今回の計画のサミットでもある白馬に登るので気分はクライマックス。
しかし、残念な事に出発直前に雨が降り出しました、ポツポツではなく本降りです。
ツバメ平を過ぎたあたりから風が強くなってきます。

稜線まで上がると飛ばされるまでいきませんがさらに風速が増します、直立はできず油断していると体がもっていかれます。
雨は横からふってきたり、どこからふってきているのかわからないような感じになります。

あとで見返したところこの日は写真を1枚も撮っていないのでおそらく余裕がなかったんだと思います。

そして困った事に、若干寒いかもと思いはじめました。
登りの際はあまり気になりませんでしたが、下りに入ると消費カロリーが下がり明確に寒さを感じるようになってきました。

この強風の中で雨具をいったん脱いで着込む気にもなれず、幸い少し行くと避難小屋がある予定なのでそこまで我慢する事にします。
ただ、強風のなかペースはあがりません。

やっと雪倉岳避難小屋に到着です。
寒すぎるのでいったん着込みますが、雨具の中は濡れてしまっています。
歩くのをやめてからしばらくすると体が震えはじめました。

ここから白馬岳まで約3時間、さらに白馬から白馬大池山荘までは3時間。
この状況で白馬大池山荘まではきつそうなので予定を変更して今日は白馬岳の白馬山荘に泊まろうとかと考えながら震えがおさまるまで待つことにします。

避難小屋に他の人がいたので恥ずかしいのですが、体は勝手に震えていて止まる様子がありません。20年以上山に登ってきて濡れた事は何度もありますが、しばらく震えが止まらないのははじめてかもしれません。

トムラウシ山遭難事故という夏山登山で悪天候にみまわれ、低体温症で8名死んでいる有名な事故があります。
これは悪天候の雨と風の中、無理に行動して低体温症になったようで、まだ動ける、というところから2~3時間ほどで動けなくなってしまったりするようなので、それが頭をよぎります。

白馬岳まで約3時間…。
どうするか考えます。

が、もう答えは出ているようなもので、3時間歩けば行ける可能性はあるが、動けなくなってしまう可能性も現実性を帯びているので、避難小屋で1晩停滞する事にします。

知らないおじさんが1名小屋に泊まるようなので、妙なぎこちなさが漂いますがお互い様なのでいたしかたありません。

夜がふけるにつれあまりにも寒くなってきたので、空いていたこともあり広い小屋の土間にテントを張って調理用のバーナーを焚いて暖をとります。

朝け方に温度を確認してみましたが、0℃近くまで下がっていたようで9月とは思えないような気温に目を疑いました。

【5日目】曇り→晴れ
おじさんがゴソゴソし始めたので目が覚めましたが、まだ3時すぎなので自分はもうひと眠りします。

風は強いけれども雨はポツポツくらいにおさまっていたので出発。
本日は下山予定日です、予定は狂ったけれども最終日は余裕をもって計画をたてていたので問題なく歩けるはずです。

雨具を着ていても肌寒いけれども昨日に比べると快適すぎます。
白馬岳あたりは風が強いも大雲海。

画像8

後も雲海です

画像9

あちらのほうから延々歩いてきました

頂上かと思ったニセピークに何度だまされつつもついに白馬岳に到着、日本海から長かったです。

画像10

白馬の下りで晴れてきました

途中はお湯を沸かしてコーヒー飲みつつゆっくりして、山の景色を堪能しています。

下山後はふもとにあった温泉、ビール、ちょっと高そうなハンバーガーのコンボが最高すぎて、昨日は死ぬ可能性もあるのではとまじめに悩んでいたのがウソのようです。

今回は長距離+ハプニングもあり、とても印象に残った山行でした。

終わりに

雨具はパーテックスシールドというゴアテックスより透湿性の高いものでジャケットが180gとどちらかというと軽量な部類に入るもので、軽さは正義だぜと奮発して買ったものでしたが、長時間の嵐のような状況では耐えられなかったようです。
買ってから2年もたっていない状態でしたが、あとで激しい雨の日に使って詳しく見てみると、縫い目をふさぐシームテープあたりが特に濡れていたので、シームテープの材質もしくは構造がよくないようでした。
このジャケットは過去何度か使った際は問題ないようにも思えましたが、悪天では濡れてくるので天候が予測しきれない長期山行では使えないという事がわかりました。
「軽さは正義」ですが、正確には「軽さは正義だがリスクを伴う」でしょうか。

今回の山が終わったあと、山用防水ジャケットは値段が張るので痛いのですが、命には代えられぬという理由でもう少し重くても作りのしっかりしてそうなジャケットを買いなおしたのはいうまでもありません。

非日常を堪能してしっかりリフレッシュできたので仕事にも身が入るってもんですね。

次は奥多摩駅から八ヶ岳近くの清里まで続くロングトレイルが気になっています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?