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自然の声、スピリットの声を聴く

去年から今年にかけて、オンラインでいくつかの読書会をしました。中でも『ケルトの植物』と『植物のスピリットメディスン』はケルトの人達やネイティブアメリカンの人達がどのように植物と向き合ってきたかという内容。

場所は違えど、かなり共通点があり、自分が植物や自然界とこう向き合っていきたいと思っている感覚に共鳴した。とくにネイティブアメリカンは。たぶん前世のどこかでネイティブアメリカンだった気がするので、読まなくても言ってることがだいたいわかる。逆にヨーロッパ的なものはわりと違和感ありありな感じなので、ケルトの話は新鮮だった。

それはさておき、いずれも、現代の私たちの文明が失ってしまったものに対してのアンチテーゼとして書かれているところもある。

植物を使った癒しやセラピーに関心は高まっていることは歓迎すべき事だけれど、方向性を誤ると、単なる商業主義にからめとられて、気づけないこともあるので、注意が必要だ。

自然から切り離されたセラピーよりも、直接的に自然に向き合った時に感じる、目に見える山や川や植物、その背後にある大いなる力を感じ、気づくことの方が、むしろ本当の意味での癒しにつながる。都市部で触れることのできる植物療法・自然療法は、単にそこへたどり着くための入り口であることを忘れないでいたい。

ケルトのドルイドは21年森の中で修行する。ネイティブアメリカンのシャーマンも同様、長い時間、自然の中で行を摘み、自然の声、スピリットの声を聴き、理解するようになる。

全てのいきものは地球という一つの生命体の上に生きているにもかかわらず、そこを感じる感覚と、それを未来世代に語り継いでいく共通言語を失っている。

文明が進化するのは悪いことではない。ただ、失ってはいけないものを失うと、土台から総崩れになり、どんな最先端の科学技術でさえ、それを止められるものはない。

人類が地球を壊すことなどあってはならない。けれども、それが現実味を帯びているのが、私たちがいる、今の時代だ。

この2冊とも、植物と人間の素敵な関係性について書かれた本なので、その素敵なところを紹介したいところだけれど、その根底には、そうした強い危機感と、叡智を残していきたいという願いがあることが感じられた本だった。

読書会やってみたい方がいれば、またやろうと思います。

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