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僕らは超えてゆく すべての憎しみを

どんな場所にいたって
どんな形になって
どんな時代にいたって
見つけだす
じゃあ やりますか?
宙吊りにした運命に逆らって
THERE IS A  REASON 鈴木このみ

土曜日、昼過ぎ、深夜勤が終わった北が眠る頃、電話をした。

病状について色々聞かれて、でも、今までどこの病院でもなあなあにされてたのが、ここで理由がハッキリしたし、検査もしてもらえて、かえって良かったんじゃない?と。

気持ちが疲れてしんどいのか、病気のせいでしんどいのか、もう、わからなくなっていた私は、北の言葉に安堵する。

気持ちよく夕方を過ごし、夜は40分ほど散歩もできたし、良い一日だったな、と思いながら、眠る。

日曜は、朝は少し楽で、たまにふらつきとしゃがむほどの眩暈があったが、家事も出来たし、Kindle Unlimitedで色々本をダウンロードして、湯船に浸かるのがそんなには好きじゃないシャワー派だけど、久しぶりに薔薇の香りの入浴剤でお風呂に浸かろうか、と用意していて、ふっと、思い出す。

9月11日。

そうか。

あいつの誕生日か。

実のところ、奴の苗字もなんとなく忘れ気味だし、名前も漢字は忘れてるし、何歳年上だったっけ?とかなりあいまい。

4つほど、上だったと思うけれど。

忘れることが最大の復讐になるのなら、こんなふうに、紙を剥ぐようにあいつのことを忘れていうのは、1番の復讐なのだろう。

本当は何もかも、忘れたい。

奴の顔も声、父親から虐待を受けた時の頭や背中の傷跡、語彙の少ない愚かさ、知性を感じない話題。

そうして、奴の姉。

北は、まだ彼には情が微かにあるように感じるけれど、そのお姉さんのことは、容赦なく嫌っているね、と言われたことがある。

あんな下品な生き方をする女など、口にするのも汚らわしいと思っていても、憎悪が、まだ私を捉えて離さない。

奴のことは、別れてから一度見かけた。
近視だから免許が取れない、という不思議な理由で運転免許証を持ってなかった奴はバス通勤で、夕方、バス停にぼんやり立ってるのを、友人の車の助手席から見た。

奴の勤めていた会社が移転して、その目の前のバス停だと、後で知る。

その時は、なんの感慨もなかった。
相変わらず間抜け面だな、とか思った。

生まれた町を離れる時、その時は友達数名が引っ越しを手伝ってくれるというので、業者を頼まず、親友とあちこちのスーパーに段ボールを探しに行った時、あの女を見た。

一瞬カッとなり、そうして一気に血の気が下がり、親友に奴等がいる、とだけ短くて伝えてその場を離れた。

親友に、大丈夫?大丈夫?とかなり心配させてしまうほど取り乱し、顔色も真っ白になっていたと言われた。

だめだ。
一度思い出すと、何もかも、あらゆることが昨日のことのように押し寄せてきて、私は感情と記憶と波に溺れそうになる。

あれから11年。

別れてからなら、22年経っているのだ。

あの時の子供が、無事産まれていたとしても、もう28、9歳になっていたはずなのか。

子供のことの記憶はあるが、相当朧げだ。

男の子だったと後で聞かされて、私は、とても自己中心で残酷で身勝手だから、そう、ざまあ見ろ、と思ったのだ。

あの、醜く、収入もフリーター並みにしかなく、母親と姉から全てを搾取され続けてる男の元に、新しい女が来るはずもない。

たいした家でもなかったのに、跡取りに固執していたあの家は、奴の世代で終わるのだ。

いい気味。

死ねばいいのに。

凌遅形のように、ゆっくりと。

こんな凄まじい心の内を明かしても、北は動じない。

忘れられないなら仕方ない。
吐き出す事で楽になるなら、吐き出せばいい。
でも、その事で辛くなったり、自分を傷つける事があったら許さない。

北の、確かな眼差しと声。

北に出会うための、ミッションだったのかも知れない。

運命は人を翻弄して試し続けるから、どのピースが欠けても、私は、北に会えなかった。

汚れて惨めで情けなくなった捨て犬のようになって、やっとたどり着いた、北ルート。

北を失いたくないなら、私は何をすればいい?

憎しみと悲しみと痛みと怒りが、波のように私を溺れさせるから、じっと目を閉じて、波が引くのを待とう。

奴らには、二度と会わないのだ。

二度と、奴らは私を傷つけないのだ。

10年経ったら、もっと忘れてるさ。

10年経っても、北がそばにいればいい。

恋人でも、家族でもない、歪で正しくない関係でも、決して離さないと、もうずっと昔に、誓ったのだから。

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