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教えて答えを。何が答えなのかわからない




4月1日


北の就職前に、一足先に私も転職をした。

県内でも「一番厳しい」と評判の上司の下についた。

厳しいが、言っていることに一貫性があり、仕事に真摯であることが伝わってきて、私は順調に職場になじんでいった。

「明日、歓迎会があるんだって」

3月31日の仕事終わり、北が電話をしてくる。

「俺の職場、雑居ビルに入っているんだけど、慣例でビル全体の歓送迎会をするんだってさ」

知っている。

不倫相手の彼にも聞いていた。

「飲まされそうでうんざりだよ」

そう言いつつ、彼の声は明るかった。

「面倒だな。明日は車で行って酒を飲まずに退散する予定」

北は、本当にうんざりした声を出す。

「私も明日仕事だから遅くまでは飲めないけど、今から来ない?酒もあるし、今日ケーキ焼いたんだ」

「いいね」

北はまだ明るい時間にわが家にやってきた。

「肉も焼けるから待っていて」

ケーキをつまみ食いしている北に言いながら、酒とつまみの用意をしていく。

早めに飲み終わって、早く寝て、早朝には北を帰す予定で、飲む前から北用のマットを敷いた。

私はあまり酒が進まない。

普段つけないテレビをつけて、ぼんやりしていた。

北は予想外のペースで酒を飲み、先に寝てしまう。

私も自分のベッドに行こう。

そう思いながら、私は北の隣に滑り込み、眠った。

間違っているなら、もっと間違い続ければいい


北が、早朝、まだ暗いうちに目を覚ましたのは、私も気がついた。

隣で寝ている私に、驚いたようだ。

「おい?」

小さく声をかけてきた。

私は寝たふりを続けた。

北は困ったようにため息をついたが、ふと、私の手に自分の手を重ねてきた。

ゆっくり、羽で撫でるように、北が私に触れる。

私は寝たふりをし続けた。

北が、私の服を脱がそうとしたとき、私は目を開けた。

北は、困惑した、少し悲しそうな声で言う。

「今なら友達に戻れる」

友達?

飲み仲間になって3ヶ月、週4回は私の家に泊まりに来て、酒を飲んで、一緒の部屋で寝て。

これまでだって、友達だったかどうか、もうわからない。

北は、私に不倫だけど恋人がいることを知っている。

私は、北が私に恋をしていないことを知っている。

間違っているのだろう。

でも、私の人生は、ずっと前から間違って、狂っていた。

もっと。

世界が反転するほど、間違った道を選びたい。

北と初めて寝たとき、私の心の中は、凶暴な破壊衝動で満ちていた。

「君の顔見知り?」


4月1日、北を見送って、私は出勤した。

その日は残業もなく、帰宅した私は一人で酒を飲んでいた。

20時頃、北から電話があった。

「抜けてきた。つまんない飲み会」

私は笑った。

「浮世の義理だね。料理は美味しかった?」

「ああいう宴会料理って好きじゃない」

北はうちに来たいようだったが、やんわりと断る。

「明日から朝早いでしょ」

「自転車で行ける距離だから、自転車で行こうかな」

「健康的」

とりとめない話をして、北との電話を切った。

23時、寝ようとした頃、電話があった。

「起きてた?」

少し酔っ払った、不倫相手からの電話だった。

「もう帰られたんですか?」

妻のいる自宅から電話をかけてこないだろうと分かっていながら、私は聞く。

「今3次会が終わって、今タクシー待ち」

彼は私に迎えにきて欲しいようだったが、

「お酒を飲んでしまって」

と断る。

「そういえば」

何気なく彼が聞いた。

「前に君がいた店のスタッフが、ビルに入っている福祉課に来てね。少し変わった名前の。もしかして知っている人?」

私は、一瞬だけ考え、答える。

「ああ、その人ならパソコンコーナーにいた人ですね」

真実だ。

「そうか。まあ、同じビルだからって顔を合わすこともないだろうけど」

不倫相手が嫉妬を含んだ声でつぶやく。

彼は、私の周りにいる、異性の知り合いをことごとく排除したがる。

上司や同僚であっても、感情では許せないようだ。

「細くてかっこいい男だね」

不倫相手は笑った。

「そうですか。私の好みではないので分かりません」

彼の望んだ答えを出して、不倫相手の電話も終わる。

もともと、歪な私の世界が、明らかに崩壊に向かっていく。

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