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【これが愛というのなら】チャラ男との出会い




嵐の予感


あんの自殺のことは、クリニックの中でも話題にされることはなかった。

あんが、最後に送ったメールの内容を、私は誰にも話さなかった。

望にも相談もしなかった。

望にはもう新しい彼氏もいて、この間の休みには九州の隆の実家まで挨拶にいったじゃないか。

元彼の嫁の子供が本当は誰の子供だろうが、私たちには関係ない。

あんのあの体の傷も、森山先生がつけたものか分からない。

理恵が裏でどんな行動をしようが、望に火の粉がかぶらなければいい。

あんを支え切れなかった私は、さらに望の幸せだけを願うようになっていった。

もうこんな失敗をしない。

望と細やかに連絡を取る。

望が明るく他愛ない話をしてくる日。

望が隆を喧嘩して怒っている日。

そんなある日、院長の誕生日に合わせてMR(医薬品の営業)から接待の話があった。

会場を借りて、スタッフや院長の仲のいい人を集めてパーティーをさせていただきたいと。

とてもパーティーなどに出席出来る精神状態でもなかったが、タクシーチケットも用意され、断るに断れなかった。

クリニックに近いレストランを借り切って、総勢20名ほどの小さなパーティーで、顔見知りのMRに、その人の後輩を紹介された。

チャラ男


黒に近い濃い灰色のスーツに、派手になりすぎない程度の遊び心を持たせた髪型で、25歳くらいの男は、洒脱に私に話しかけてくる。

「はじめまして。そちらの医事課の責任者をされているそうで、お噂はかねがね」

「責任者ではないですよ」

医事課もなにも、医療事務スタッフは2人しかいないのだし。

「いやあ、実は僕、この春から総合病院にも伺わせていただいておりまして。以前そちらにもいらっしゃったと聞いております」

「そうですね」

総合病院に来るMRが、医局の前で先生方を出待ちしていて、医事課には関係がないはずだが。

「僕はおっちょこちょいで、院内で迷ってしまったことがありまして。そこをなぎさんの後輩の方に助けていただいて。お話はそれでよく聞いているんです」

頬を奇妙に持ち上げ、含みを持たせて男は笑う。

「望さん、なぎさんのように、仕事が出来る人になりたいそうですよ」

誰にも聞かれないように私に耳打ちをして、男は別のスタッフと話し始めた。

胸騒ぎがして、次の日、すぐに望に電話をかける。

「やだー、チャラ男さん、そんなこと言ったのー?」

望は面白そうに声を立てて笑った。

「チャラ男?」

「そっかー、なぎさんテレビ見ないのだものね。藤森慎吾っていう芸人さんがいまして。チャラ男さんは、藤森慎吾を目指しているのだ」

「…ふうん」

その「藤森慎吾」が未だに誰かよく分からないが、私はチャラ男のことを「藤森」とあだ名をつけた。

恋愛と結婚


望は、元彼と別れた後、スカッシュで知り合った男性とは付き合わなかった。

何回か私も会ったが、とても優しそうな穏やかな青年だった。

『毒にも薬にもならないような』

そんな印象を持ったことは、望にも話していない。

きちんとした仕事について、何事にもコツコツ真面目に取り組む印象。

長男で、家を継ぐことに疑いも持っていない、よくいる「田舎の跡取り息子」であった。

望は、自分の母親が溺愛していた姉が県外に嫁いでから、ずっと自分が母親のそばにいようと決めていた。

母親の愛情を求める望が、いじらしい。

「婿」に来てくれないスカッシュで知り合った男性は、望の理想の結婚相手ではなかった。

その点、隆は「次男であり、すでに実家を出ていて、婿入りしてもいい」という理想通りの相手だ。

金銭的余裕があり、記念日でもないのに、望やその母に高価なプレゼントをする。

そうしながら、きちんと「今月の貯蓄分」の報告もする。

出張に行くたび、地元にはないようなブランド店で買ったお土産を私にさえ買ってくる。

束縛は強い方だったが、望の我が儘はすべて叶えてる。

「年上で、仕事が出来、金銭的余裕もあって、自分を甘やかしてくれる人」

贅沢な望にぴったりの相手であった。

そして、望は「お付き合い=結婚」、そう捉えている。

これ以上ない相手だったろう。

望が「恋」を知るまでは。

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