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無有 5 彼の地へ

 今まで感じたことのないあたらしい感情、数えきれない別れ(実際レムリア人は非常に寿命が長く事故や病もなかったため 死による別れの経験が少なかった)を一度に経験し テトの魂は深く傷ついていた。
 だがこんな風になって初めてこれまで興味の持てなかった愛や奉仕、祈りについて考えるようになっていった。まだ誰とも話す気になれなかった彼は、常に自らに問いを投げかけた。自分は今何をすべきか。亡くなったみんなのために出来ることはあるだろうか。祈るとは何だろう。アトランティスの科学が悪かったのだろうか。レムリアの選択が正しかったのだろうか。技術も祈りもどう使えばよかったのだろうか。正しさとはいったい誰が決めるのだろう。
 
 物事は発生すると同時に光の部分と影の部分を生みだす。どの部分をくり抜くかによって全く違うものに感じる。一つの事象から人の数だけ真実は生み出される。実際アトランティスの技術は大変素晴らしいものであり、約束の時まで物質として存在し続けられるものだった。レムリアも大陸を沈める以外の方法もあったのかもしれない。女王たちは民を信頼できず変化を急いてしまったために、ここに大きな業(カルマ)が生まれた。

 無有までの旅路の途中、いくつか水没した村を見かけた。レムリア人の多くは悲しみから立ち直れずに 生き残ってしまったことへのほの暗さのようなものを抱え、どう生きていいかわからずにいた。自責の念、後悔、罪悪感。。。このような感情は皆初めてのものだったから戸惑い、もてあまし、苦しさのあまり心に蓋をする者も現れた。レムリアよりも被害の大きかったアトランティスでは誰も何も知らないまま水の底に沈んでいった。長老たちはアトランティス人の生き残りも探し出し、共に連れてきた。生き残ったわずかな者も悲劇のあまりの大きさから絶望と孤独感に打ちひしがれ、ひどい有様だった。
 テトは彼らを見てますますわからなくなった。憎んでいる彼らも同じように苦しんでいる。自分はどうすべきなのか、何が正しいのか長老に尋ねた。そのたびに長老はやさしく微笑みを返すが、決して答えを教えてはくれなかった。

 レムリア人たちが最初に辿り着いた土地は 無有(ムウ)と呼ばれる大陸にあり 太陽まで届きそうなほど山が高くそびえ 見渡す限りの大地に雄大な森が広がり、山のすそ野には澄んだ水がふんだんに湧き出すとても素晴らしい場所だった。アトランティスにもレムリアにも属さなかった人間と動物たちが 自然のそのまま暮らしていた。彼らは知恵を持ち 独自の言葉を話し、レムリアともアトランティスとも異なる文明を発展させ、独自の神を信仰していた。自然の恵みに感謝をし、必要な分だけの狩りを共同で行い、村で家畜を育ててもいた。各々が持つ知恵と力を使って創造し、知恵と力を皆で与え合うことで豊かさの循環する暮らしを営んでいたのだった。




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