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掌編小説 NORAD Tracks Santa

 はじめに異変に気付いたのは、12月23日の追跡開始を心待ちにしていた、北米に住む男の子だった。

「サンタが何人もいる!」

 彼は思わずベッドルームから飛び出て両親の寝室に向かったが、それはとんだやぶ蛇で、「まだ寝てないの!」と母親に厳しく叱られることになった。彼にとってはさっき見たNORADのページの異変よりも、タブレットを没収されたことの方がずっと大きなことで、またタブレットなしには、他の人にこの異変を伝えることはできなかったのである。

 翌24日、全米のメディアはこのことを大々的に報じた。

 犯行声明はなされなかった。国際的なハッカー集団、Anonymousの仕業だと自称専門家は言った。サンタの現在位置を示す赤い点はNORADが事前にプログラムした軌跡から外れて、北大西洋を、南米大陸を、極東ロシアの森林地帯を縦横無尽に飛び回り、分裂して数を増やし、編隊を組んで飛んだり、ぴょんぴょん跳ねてみたり、整列して順に点滅したりしてみせた。

 NORADは急ぎ声明を出した。

「今回我々は、クリスマスを信じない人々からの攻撃を受けている可能性が高い。サンタクロースの追跡及び保護を任務とする我々への挑戦状であり、断固としてこれと戦う」


 異常は画面の上だけではなかった。空が暗くなるにつれ、北米各地で、赤い光の目撃情報が多数寄せられ始めたのである。

 ただただNORADのミッションを茶化すのが今回のハッキングとプログラム改変の目的らしかった。サイトに訪問しても、ウイルスに感染するといったような実害はなかったため、サイトを閉鎖する判断がおりるのに時間がかかった。長く続けているこのプログラムを、こんなことで中断するのは敗北に等しいというプライドもそれを後押しした。

 ようやくサイトを閉鎖する決定が出て、システム担当者が画面を操作すべく端末の前に座ると、彼らをあざ笑うかのように遊泳していた赤い灯りたちが、整然と並んでいることに気付いた。


「MERRY CHRISTMAS」


 現実世界に飛び交っていた赤い点も、コロラド州に集結し、画面と同じようにクリスマスを祝福するメッセージを衛星写真で伝えた。世界中のSNSでは、一連のハプニングは、実はNORADの粋な演出だったのだと大いに盛り上がった。


☆ ☆ ☆

 ピックアップトラックの荷台には、赤いランプを背負ったドローンが何体も乗せられていた。これらにビニールの覆いをかぶせ終わった男が、煙草に火を点け、助手席に乗り込んできた。

「今回はいやにメルヘンチックな仕事だったじゃないか」

「しょうがないだろ、うちの子が『サンタクロースなんていない』、『NORADのあれはウソだ、どうやってサンタの行先を特定できるんだ』なんて騒ぐもんだからさ」

〈了〉1140文字


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