見出し画像

本庁コンプレックス

小泉純一郎による構造改革のお陰で、世の中の公立動物園のほとんどは指定管理者制度による指定管理者となり、さらに小泉純一郎の子分である竹中平蔵のお陰で、その指定管理者であるところの公立動物園の職員の過半は非正規雇用職員となった。

若い人のために補足しておくと、小泉純一郎というのは「小泉構文」で有名なセクシー小泉のお父さんで、20年くらい前の内閣総理大臣である。そして竹中平蔵とは派遣社員の派遣先を広げまくってワーキングプアを激増させた挙句に派遣大手パソナグループに天下った元大臣である。

話を戻すと、その指定管理者は役所ではなく普通の民間会社というか財団法人なのであるが、官庁の監督部署は決まっている。県立なら県庁の部署、市立なら市役所の部署、というように。

人はそれを「本庁」と呼ぶ。

指定管理者は5年契約で動物園という施設の維持管理運営を「委託」されているにすぎない会社である。正職員をはじめ園長ですら、5年先がわからない生活である。本庁はそんな我々平民の上に士族や華族のようにそそり立つ城塞であり、宮殿であり、身分階級である。

そして動物園の中にある土地や建物や動物たちはすべて県なり市の財産である。自治体から指定管理を受けた我々の会社の財産と言えば、竹ぼうきみたいな消耗品しかない。

なので、県や市の財産たる施設や動物を改修したり、移動したり、園自体をお休みしたり、という際には、必ず県や市へ書類を持っていき、偉い人にハンコを押してもらう必要があるのだ。

というわけで指定管理者の動物園では毎日必ず誰かがクルマを運転して本庁に行く。そこそこ頻繁に私も行く。このインターネットの時代に、印刷された紙に、ハンコをもらいに、本庁まで行くのである。

本庁はまず建物が大きい。数千人の公務員が働いている庁舎である。動物園とはケタが2つ違う。そりゃ大きいはずである。
扱っている予算規模も違う。これはケタが3つ違う。建物もキレイで、においがしないのも違う。トイレも廊下もぴかぴかだ。ここはホテルなのだろうか。

すれ違う若い職員はスーツである。ホワイトカラーである。ああちがう。中には作業着の職員さんもいてちょっとだけシンパシーを感じるが、作業着が綺麗である。意味が解らない。汚れる仕事をするから作業着を着ているのではないのか、君は。何なら作業着の内側にワイシャツを着てネクタイを締めている。あああ。意味が解らない。汗をかくから作業着を着ているのではないのか。何だ。その羽織ってるだけの作業着は。コスプレか。いい年こいて理系自慢か。

と、内心ひどく毒づきながら本庁の中をずんずん歩く。今日の用件は3つ。

・5階の秘書課に行って書類を受け取ってくる
・同じく5階の広報課に行って書類を提出してくる
・6階の公園課に行って交換箱をのぞいてくる
である。

エレベーターの隅っこに乗り、5階で降りる。
5階は空気が違う。首長室、副首長室、秘書課、広報課、文化国際課。
済んだ空気の本庁の中でも、さらに選ばれし者たちのみが生息している、そんな感じである。誰も使わないのでトイレもない(たぶん)。

秘書課に行くと、廊下の角を曲がってこちらが姿を現した瞬間に、受付の男性と女性のお二人がすぐに立ち上がってすっごい丁寧にお辞儀をする。きちんとした身なりの人に、きちんとした対応をされると、それだけで人としての格の違いを見せつけられたような気がして、泣きそうになる。オーバーキルである。

涙をこらえながら、指定管理者の理事長(副首長が兼任してる)のハンコがついてある書類を両手で受け取る。直後に書類をひったくって「地獄で会おうぜ」とサムアップして立ち去る己の姿を妄想しながら、ただ静かに猫背で広報課に向かう。もらった書類はすぐにクリアファイルに入れる。自分なんかが素手で持っていたら、それだけで汚れてしまいそうである。

同じフロアの広報課につく。見たことはないが、トウキョウマルノウチのオフィスレディーもこうではないか?というくらいお洒落でファッショナブルである。だいたいの人が石原さとみっぽい。秘書課も清潔感と正装がすごいが、広報課はより華やかで、季節感のあるお洒落着を着ていて、ファッショナブルである。すでにお気付きだとは思うが、私の語彙力が全く追い付かない。とにかくファッショナブルなのである。

今は全員静かにパソコンに向かっているが、きっと昼休みには女性ファッション雑誌を読みながらランチはサラダとスムージーで済ませ、ツイッターなどというくだらないものは一秒も見ず、スマートに定時に上がっているように見せかけて実は努力をしていることに対してイケメンに優しく頭を小突かれ、仕事終わりにはジムかヨガに行くのである。もちろんキャッシュレス決裁で。

見よ、私の想像力との乖離を。庶民との隔絶を。これが広報課である。全世界のプロレタリアートよ団結せよ。

ともあれ仕事である。カウンターの内側に入り、お洒落な課長代理に声をかける。行政の月刊広報誌にのせてもらう動物の写真と、記者室に流してもらう「動物園のふわっとした動物ニュース」を手渡すと、おしゃれな課長代理の目が一気に仕事ができる人のそれとなり、書類チェックが終わるまでの沈黙の間、僕の心の柔らかい部分を絞めつける。

確認が無事に終わり、腰で折るタイプのお辞儀を小さくしてスタスタッと「仕事ができる人ウォーク」で記者室へと向かうお洒落な課長代理の後ろ姿を見送りながら、すでに課長代理の眼中にはない、エレベーターに乗る価値もない僕は、誰もいない空間にお辞儀をして非常階段で6階へと向かう。

3試合のうちもうすでに2敗しているので負け越しは決まっているのである。だがしかし、6階の公園課はホームなので落とせない。わが指定管理者の監督部署である。

彼らとて本庁の公務員である。動物園に視察に来るときも、パリッとした恰好をしているので侮れない。もちろん作業服の職員もきれいな作業服である。

重いドアを開け、暗い階段から6階の明るい廊下に出ると、そこはすぐに建設部の公園課である。要するに6階から7階にまたがる建設部という巨大組織の、下のほうのすみっこにあるのが公園課なのである。やーい。

カウンターまで行き、中をのぞくと、あれ?いつもよりパリッとしていない。机の上も雑然としていて、うつむき加減でパソコンに向かっている姿はまるで大学院生のゼミ室である。

小声で挨拶をしながらカウンターの内側にこっそりと入り、交換箱にたまっている封筒を取り出す。本庁から動物園への連絡事項や配布文書、本庁に届いた動物園宛の郵便物などを入れるのが交換箱である。

目をあげて、挨拶をして立ち去ろうとすると、動物園担当の〇田さんに呼び止められる。何か不都合なことのはじまりか、またはクレームが本庁に届いたのか、それとも市議からの要請か、と身構えるが、何のことはない会議室の変更の連絡だった。はーい、課長に伝えておきます。

〇田さんと話し終えて改めて室内を見回すと、最初の印象とはずいぶん変わって皆さんバリバリ仕事をしているように見えた。

これはつまり目の錯覚である。最初に秘書課と広報課を見たがために「秘書課広報課と比較して」小汚くてくたびれたように見えただけで、指定管理者と比べたならば公園課は十分に社会適合的で官僚っぽいのだ。

つまり、私のショックは私のルートミスが原因である。先に公園課の用事を済ませることで体に免疫を作り、耐性を整えておけば、理論上秘書課や広報課であそこまでのメンタルダメージを負うことはなかったはず、なのである。

次からは絶対にそうしよう。と心に誓い、6階を後にする。フロアの階段を軽やかに降りていくと、地上に近づくごとに農林課、社会福祉課、納税課、市民課と、ファッショナブルさは影を潜め、親しみと公僕感が増していく。

5階より下は地上階に近いほど市民と直接接することが多い部署の配置である。さらに出先の指定管理者は、市民サービスの最前線なのであろう。

これは卑屈なコンプレックスではなく、我々公共施設職員の誇りとするべき点であろう。

地に足をつけていこうぜ。

画像1

クルマで懐かしくも居心地の良い指定管理者の事務所に戻り、こきたない机のパソコンを開くと、文化国際課からメールが来ていて震える。


あの文化国際課である。5階の文化国際課。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?