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パラグアイオニグモの糸

ある日の事でございます。お釈迦様はパラグアイ極楽のパラグアイオニバス池のふちを、独りでぶらぶらパラグアイ歩きしていました。池の中に咲いているパラグアイオニバスの花はみんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは何とも云えない南米の匂いが、絶間なくあたりへ溢れています。そしてパラグアイオニバスの葉の上には、様々な色どりのカモたちが、羽繕いをしたり、首やつばさのストレッチをしたりと、思い思いにくつろいでいます。パラグアイ極楽は時差の関係で丁度朝なのでございましょう。

やがてお釈迦様はその池のふちに佇み、水の面を蔽っているパラグアイオニバスの大きな葉の間から下の様子を御覧になりました。この池の下は、丁度パラグアイ地獄の底なので、三途のパラグアイ河や針のパラグアイ山の景色がはっきりと見えます。
するとそのパラグアイ地獄の底に、カンダタと云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が眼に止まりました。このカンダタは珍鳥の場所をSNSでさらしたり、トイレの手洗い場で長靴や雨具をあらったりと、いろいろ悪事を働いた男でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、大きなパラグアイオニグモが一匹、巨体を引きずり木々をなぎ倒しながら進んで行くのが見えました。そこでカンダタは早速自動小銃を構えて、撃ち殺そうと致しましたが、「まずい、仲間を呼んでいる。銃で即死させられるだろうか?闇雲に撃てばこの腐海では何が起こるかわからない」と、こう急に思い返して、結果的にパラグアイオニグモを殺さずに助けてやったからでございます。

 お釈迦様はパラグアイ地獄の様子を見ながら、この男をパラグアイ地獄から救い出してやろうと考えました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をしたパラグアイオニバスの葉の上に、パラグアイオニグモが一匹、綱引きの綱くらい太い糸をかけて居ります。お釈迦様はそのオニグモの糸を思いっきり引っ張り出して、パラグアイオニバスの間から、遥か下にあるパラグアイ地獄の底へ、勢いをつけて投げ落としました。

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パラグアイ地獄の底の血のパラグアイ池では、カンダタがほかの罪人と一緒に、浮いたり沈んだりしていました。何気なにげなくカンダタが頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、遠い遠い天上から、吊り橋の鋼線ワイヤーのような銀色のパラグアイオニグモの糸が、一すじ細く光りながら、うなりをあげて自分の上へ飛んでくるではありませんか。カンダタは間一髪これを避けると、血の池の血が轟音を立てて水柱となり、周囲に四散します。

紅蓮の水飛沫が止むと、カンダタの前に立っていたのは、巨大なオニグモです。

「蜘蛛が落ちてきたのか」カンダタは叫びました。「蜘蛛ごと落ちてきたら意味ないじゃん!」

カンダタの前に立つパラグアイオニグモは、遥か上空から落ちてきたにもかかわらず、外見的なダメージは全く見えません。2、3度頭を横に振ると、何事もなかったかのように重機のような8本の足を開き、その巨体を持ち上げました。そのお尻から出ている太い糸を、大蛇のようにのたうたせながらカンダタのほうに迫ってきます。

「殺される!」カンダタは逃げようと考えましたが、すぐに思いとどまりました。

「地獄では、パラグアイ鬼たちにどんなに酷い責め折檻を受けても、決して死ぬことはなかったではないか。仮に地獄で死んだとしたら、もう一度死後の裁きを受けるチャンスでもあるぞ」カンダタは勇敢にもパラグアイオニグモに向き合いました。一度は落としたこの命、何の惜しいことがあろうか。

カンダタは針の山からとびきり鋭い一本を引き抜くと、正眼に構えて対峙します。パラグアイオニグモはゆっくりと八肢を延ばすと、小さく腹を振りました。と同時に、極太のパラグアイ蜘蛛の糸が、鋼鉄の鞭のように頭上からカンダタに襲い掛かります。

利き足の左足で右に飛びのいたカンダタの足元で、うなりをあげた綱と激突した地面が裂け、大小の岩石の破片が舞い上がります。カンダタはその中の大きな一つを空中でとらえ、右足で蹴ってパラグアイオニグモへと突進します。左右二本の前足を高速で閉じ、カブトガニの裏側のような口を大きく広げてカウンターでカンダタを捕まえようとするオニグモ。しかし、そんな死のギロチンをするりとすりぬけると、カンダタは針の山の針をオニグモの脳天に深々と突き刺しました。

くるりと身をひねり、距離を置いて着地したカンダタは、地面に崩れ落ちるオニグモを、残心を保ち息を整えながら見届けました。湧き上がる罪人たち。英雄となったカンダタ。歓喜の輪はパラグアイ鬼たちの目にも涙を潤ませました。

「あれ?勝っちゃったよ?勝っちゃったよ俺。この場合どうなるの?今のまま?ねえどうなるの??」人差し指を突き上げた集団の中央で、カンダタは一人困惑しました。

「案ずるな」パラグアイ鬼の一匹が口を開きました。「このパラグアイ地獄に、血の池はもうない。針の山も今となってはそなたらの武器だ。もはや止めまい。三途の河を泳いで、人間界に生まれ変わるがよい」

罪人たちはどっと歓声をあげました。

さて、カンダタが三途の河を渡ると、対岸、すなわち人間界側の河原にはずらりと三脚が並んでいました。

「どうしたんですか?」カンダタが尋ねると、死んだばかりの人間たちは口々に答えます。

「カワセミを撮りたいんだ!入水タイミングばっちりの!」

「アカショウビンの求愛を撮るまでは!」

「ライフリストがあと2種で400なんだー!」

それぞれ死んでも死にきれない理由があって、三途の河でもバードウォッチングをしているようです。

「おい、勝手に枝を刺すな!」「俺の三脚が先にあっただろう!」「しゃがめ!前のやつしゃがめ!!」死んだ割にはなかなか賑やかな一群です。

ああ、人間とはなんと業の深い生き物なのだろうか。その欲望、未練、執着には限りがない。一文無しで血の池に浮き沈みしていた地獄のほうが、様々な罪や穢れと離れていたものだ。カンダタは「ていうか、死んでからライフリストって増えるのか?」と独り言ちて、クスリと笑いました。

そんな矛盾だらけの人間界にまた戻るのも悪くない。地獄よりも刺激的で、天国ほどには退屈でもないだろう。カンダタは希望に満ちて明るい階段を上り始めました。


 しかし、パラグアイ極楽のパラグアイオニバスの上のカモたちは、少しもそんな事には頓着致しません。玉のようなパラグアイオニバスの白い花のまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い南米の匂いが、絶間なくあたりへ溢れて居り、その中でカモたちはうとうとと眠り始めます。パラグアイ極楽も時差の関係でもう昼に近くなったのでございましょう。

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