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ダークエルフのダブルスパイ

※ブックウォーカーで販売している内容と同じです
※ですがあちらは全話220円
※こちらは三話まで無料、三話以降は有料です
※返金は受け付けておりません
※必ず注意書きを読んでから読んでください


   第一話 ##


組織からスパイとして敵組織に潜入しその敵組織から組織をスパイするよう雇われる。
言わばダブルスパイ。

スパイする者は両者の情報を握りながら有利な立ち回りを求められ、最終的に脇役なら死ぬ場合があるが、ダブルスパイをする者は視聴者から人気が高かった。

その曲者感が視聴者の心にぐっとくるものがあるのだろう。分かるよ。凄くわかる。

私はコメディのダブルスパイが大好きだった。
死ぬわけではないが二つの顔を持つ女主人公にぐっときた。

そして今世の私、ヴァイオレット。
ダークエルフの十歳。
私はファンタジーは詳しくは知らないが、ダークエルフは魔王の側近を選ぶ際ダークエルフから何名か優秀な魔導士を取るらしい。

ピンときた、きてしまった。

ダークエルフは魔物で稀な知性を持つ。
そして私の前世は人間である。
これを活用しない手はない。

窓ガラスに写った自分がニヤリと悪巧みを考えてるような笑みをした。


まず私はダークエルフから認められるべく魔術を全てマスターし指導者になるべくとして実戦経験を積み重ねていく事を目指した。

そして徐々に頭角を表し魔王の側近へと選ばれるべく根回しにとダークエルフの長や指導者たちから推薦状を送らせ勿論私は謙遜な態度は崩さないようあくまで対人間という構図に奮起する知的で冷静、そして落ち着きのあるダークエルフを演じた。

内心は早く人間界に行き両者から必要とされるスパイになりたかった。

魔王の側近に選ばれて二ヶ月間。その頃には十五歳を過ぎていた。
人間の小さな集落を陥落し、乗り気ではないもののそうは言えずに軍師として相応しい姿を演じ続ける。

このままだと人間側が滅びてしまう予感に、私は魔王に進言し人間界に行きの諜報部隊を率いる隊長に任命される。

私はあらかじめ魔王に説明した通り肉体改造魔法を行い人間へと姿を作り替えた。

ダークエルフという存在感のあるものを消し去り王国へと潜入し情報を流すと魔王と魔法で契りを交わした。

人間界の王国へと降り立つと漫画みたいな世界がそこにはあった。

王子や貴族制度がそのままあり腐敗と特権階級への憎しみと差別がそこにはありありとうつっていた。

私はギルドへ登録し、瞬く間にSランクへと駆け上がり規格外冒険者として名を馳せる。

私は周りの振る舞いは徹底していた。
少し抜けたところはあるが非の打ち所がない明るい性格。
そして常識人として周りから扱われるのにそう時間はいらなかった。

魔王の側近として討伐クエストのボードに貼られた紙を逐一見逃さずその魔物に警戒するか逃亡するかを教えまたは知性が低いなら警告事態行わなかった。

そのかいあってかクエストは採取クエストが多くなり冒険者が困る様にほくそ笑んだ。

そしてついに王様からお呼ばれし依頼された内容に飛びついた。

辺境に嫁ぐ姫様の護衛。

私はすぐさま魔王に伝え、護衛役を途中まで真っ当した。

姫様は賢く知的だった。
信頼を得るため、わざと強い魔物を送り込み全てはダブルスパイとして両者から必要とされるために仲間の魔物に一部極秘命令を聞かなかった者だけ重症を負わせた。

魔物との鍔迫り合いの最中に魔物全体の精神に囁きかける。

ーーこれは茶番だ。人間側への信頼を得るための。

魔物は魔物の精神に同調するための特殊な周波数がある。
それは魔物同士でなければより強い魔物でしか魔物に語りかける事は出来ない。
弱い魔物から強い魔物に語りかける事はできない。

それに反発する意思を持つ魔物は鼻から魔王に対し不信感を持って産まれたやつくらいである。いて良かった。まあ殺すけどね。


姫様は私の腕を認め側近の女騎士へと仕立て上げた。

嫁いだ先もまた良い。帝国で軍事力をあげている辺境な地だ。

魔王にとって最大の敵になるだろうと予感し、すぐさま連絡をしようとした手を止めた。

待てよ。帝国内で地位をあげたらしかめっちゃなぐらいぐちゃぐちゃにならないか? と。

早速、姫様護衛の女騎士兼帝国での姿、変身魔法で男になり王国の情報を持って帝国兵にフリーランスの傭兵だったとして志願する。

だが帝国は甘くはなかった。

人間に作り変えた身体が悲鳴をあげるほど地獄な訓練。それを難なくこなしていると見せかけるための演技。

帝国の技術は前世の私が漫画で見たああ、こういうパターンもあるよねという非人道的な技術の結集と調教されにされた兵士たち。

私は帝国兵で時間はかかりはしたものの認められつつあった。信頼を勝ち得てさらなる地位向上を目指し軍師を目指す。

部隊長になる頃には魔物の生態系への研究履習を頭に叩き込まれたあとだった。そうか、ここはゲームの世界かと転生先に今更気付いたが別にゲームが現実になっただけで対してショックはなかったが。

だが姫様の様子がおかしいことに気づいてしまう。
そうか姫様は乙女ゲームでいう邪魔者で正妃ではない。
それにどうやら恋をしてしまってるらしい。

「氷の騎士、ですか?」

困ったなと女騎士の姿で、姫様の前での姿で頭に手をやる。なにぶん恋愛には疎いもんで。

ダブルスパイであるがスパイ先の姫様の恋ぐらい応援しても良いだろう。

月一に王国からの手紙が届く。
私は王国の情報を諜報部隊から仕入れ、帝国の情報は自力でかき集める。

帝国での味方はいない。

配下の魔物は優秀で知性ある魔物なら助け、そうでない外れた魔物には討伐されようがのさばろうが無視を決め込んでいた。

配下の連中も最初の頃は精神同調は使えない下級の部隊だったが、魔王様からも見放されていたとは言え私に任された部隊であった。

だから私はレベルを底上げするべく根気強く付き合い、私以外のものの命令は聞かないほど懐いてくれた。

だからあの部隊の魔物が好きだった。

今ある配下は帝国の皇帝陛下に不信感を抱けばそくブッチな戦闘狂の壊れた連中だが、メンタルのケアさえちゃんとしていればいずれ私に懐くだろう。


問題は姫様だ。

氷の騎士と呼ばれる、皇帝陛下の息子ギルバート=F=リリィクァ。

彼は、女嫌いで有名だった。
近づく女に肩でぶつかる様を見て倒れた淑女を一瞥し見下す様はなんとも気分が悪い。
それを彼の側近であるいずれは宰相候補と名高いヨシュア=イグゼクトロワ。彼が手を差し伸べるため人気はこの二人に集中していた。


・・・乙女ゲームの攻略対象ってところだろう。姫様は毎日のように彼等をウォッチングしては溜息を吐くばかり。

アンタ嫁いだ相手どうする気だよ。

まあ嫁ぎ先も攻略対象で姫様を邪険にする聖女ヒロイン大好きな女狂いだが。

正妃も聖女ヒロインは嫌いで姫様と手を取り合いそうな段階まできている。

このままだと正妃は断罪、姫様は国外追放すらあり得る。

私は姫様の恋心を邪魔するべく、帝国で取る姿、男の姿で氷の騎士に決闘を挑んだ。

大丈夫。根回しはしてある。

彼の胃の中には昼に取る紅茶に大量の下剤を混ぜたものを混入してある。

決闘の試合前。青い顔をしながら腹を片手でさすり人が見ているなか決闘の開始直後、彼は木刀を放り出し逃げ去った。

場所はトイレに向かっているだろう。

私は周りから軍師は厳格で冷静な対応する振る舞いをしていたが、剣を一本交えたい。ただそれだけでは審判は引き受けないと分かっており淑女への態度の悪さを盾に審判を引き受けてもらった。


審判はこの試合に激怒した。
挑まれたとは言え、木刀を放り出し逃げ出した男に対して。そして氷の騎士と欲しいまま言われた不遜な態度に対して。

私は内心狡猾な笑みでいっぱいだった。この時十八歳である。

このまま残りの攻略対象を刈り取ろうと決意した。



##    第二話 ##


姫様の興味の対象がヨシュア、宰相候補に移りまあ当然だと言うべきか当たり前だなと思う。あんな負け方したんじゃ誰だって目を背けたくなる。

氷の騎士は軍師の私にみっともなく破れむしろ女性たちから嫌われるようになった。
自業自得だが流石に可哀想である。
彼はそのショックで人が変わったようにぶつかった女性に恐れを抱くように謝罪するようになったという。
良い傾向である。だが彼の腰巾着であった宰相候補のヨシュアはメキメキと頭角をあらわし彼の取り巻きが氷の騎士ギルバートをいじめるようになった。

マジでごめんなさい。罪悪感は微塵もありませんが。

だが自身が蒔いた種である自覚はあった。
このままだと軍師の私が処罰される恐れがある。

私は帝国での姿をとり宰相候補のヨシュアに接触した。
思いの外歓迎されたが。いやアンタの親友を負かした人ですよ? 歓迎するっておかしくない? まさか。

ヨシュアが言うにはギルバートの尻拭いはいつも自分だった事。
そして親友ではないのにそういう扱いを求められていた事。
そもそも上から目線が気に入らなかった事。

これらをつらつらと並び立てあげつらう。

どうやら予想は当たっていたらしい。
本当に嫌いだったのかと納得もした。ギスギスしているなあ。

だからお願いをしてみる事にした。
多分、私がギルバートを負かした事に恩恵を得たなら聞いてくれるかもしれないと半分本気で。

私が帝国の王子を試合で負かした事で皇帝からなんらかの処罰を下るのではないかと不安を口にした。

それに対してヨシュアはそれはない。もしそのような事があれば僕が進言するとまで言ってくれた。

しかしそれでヨシュア様の身になにかあればと口にする。
ヨシュアは気にしなくて良い。皇帝陛下は今回の件で王子を南に行かす事に決めたらしいと知られてない情報まで教えてくれた。

南。暖かい地域で村や魔物が多くあるという実質流刑に近い。

私は皇帝陛下が王子を見限ったと知るや否や心の中でガッツポーズし部屋を一礼して去った。

お願いもきいてもらえたし、

「さて」

私は変身魔法で帝国の女中に変身すると氷の騎士ウォッチングを開始した。



軍師の姿をしている時、首筋にチリッとした【殺気】を感じ視線を探すとニ階の窓から私を見下ろす氷の騎士がいた。

今は地獄の訓練の指導の最中。
帝国の部下は相変わらず狂人揃いだが最近になってやっと心を開いてきてくれた段階かなとは思っている。
それでも皇帝絶対という姿勢は崩れないが今はそれでも良いだろうと思っている。
にこやかな笑顔を返し手を振ると顔を顰めて立ち去って行った。
かなり嫌われたな私は。

変身魔法で女中の姿で紛れ込む。
氷の騎士は前ほど人気ではなくなりたそがれているのを何度か見かけるようになった。
辺りには嫌いでもひっつかれていた女の囲いは前ほどというかほぼ消え去っている。

勿論、私から声をかけるつもりはなくせっせと女中の仕事を見つけて仕事をする。働き者だな自分で言うのもアレだがオーバーワークだろ絶対。
女騎士もやって、軍師もやって、女中もやる。普通なら体力が足りないが私は元はダークエルフなのでそこを賄えるだけの技量はあるつもりだ。

まさか負かした相手がすぐ近くにいるとは思わないだろう。内心クックッと笑った。

そして姫様の恋はというとヨシュアのようなタイプ(腹黒)ではなく誠実の塊のような騎士団長に恋をしていた。メイドから仕入れた話だが。

私もこれなら安心だが既婚者と聞いた時にはビシリと何かが割れた。

・・・不倫はいけませんよ、姫様。

騎士団長にはいずれにしろ気をもたせすぎるところをあらためていただこう。
ただ本当に誠実な人なので心が締め付けられるのだが。
騎士団長とは何回か帝国の姿で面識があり、その強さ【剣聖】からはいずれは魔王を倒してしまうやも知れぬと恐れ抱いていた。
騎士団長にはそうだな、結婚しているし後方支援に回ってもらおう。
そう考えておいておく。

そして魔王様への定期連絡のため王国の情報を部下から掻き集めるが至って不安はないし脅威もないわけだが。

最近視線を感じるのは気のせいか。特に女中の時と女騎士の時にだが。

女騎士と女中の時の違いは服装と髪型と印象くらいだ。

変身魔法には限度がある。人間の身体に作り替えたってのもあるだろうが変身魔法そのものに限度があるのだろう。

だから私は他者に与える印象を操作する方向に変身魔法をかけている。

ヨシュアのところでせっせと女中として仕事をしていると肩に手を回され薔薇を間違って切り落としてしまった。

えっ!? 何? なんなの!?

「君、薔薇を切るより割の良い仕事をしないかい?」

この手の速さヨシュア、君ってやつは。
実際ヨシュアのこの噂は聞いている。
ギルバートが跳ね除けた女を自分の囲いにしギルバートに対して印象操作している事も。ヨシュア信者はハーレムにも寛容であり自身を跳ね除けたギルバートに対し恨みを抱く女性はそう少なくは無い。
驚きに硬直していると背後から靴音が近づいてくる。

「おい」

「ったく、誰かと思えばギルじゃないか」

ようやく手を離してくれた事にホッとする。

「呼ばれていたぞ・・・ヨシュア」

「ホントに僕の事をなんだと・・・まあ良い。あとで君からも話を聞かせてもらうからな」

ヨシュアが立ち去るまで私は後ろを振り向けなかった。そしていまだ立ち去らないギルバートに緊張していた。

ドッドッドッ

心拍数が上がり心臓の音がやけにうるさい。

(もし、女騎士と女中の正体がバレていたら、もしかして全部の正体を見透かされていたら・・・!?)

ダークエルフの私。

冒険者であった今は姫様護衛の女騎士。

王国の情報携えたフリーの傭兵だったという設定の軍師。

そして氷の騎士ウォッチングのための女中。


これら全てバレていたら?


ドッドッドッ

「・・・おい」

はいぃぃい!? なんでしょうか!?

「・・・はい、なんでしょう」

目は伏せて振り返る。
努めて落ち着いているが内心は荒ぶっていた。
誰か助けてえ!

「・・・っ! いや、用ってほどじゃないんだがすまない・・・」

私は大きく目を開いた。
あの噂は本当だったのか。
女の扱いが変わったという噂は。

「・・・どうした?」

「いえ、随分とお変わりになられたなあと思いまして」

「! あ、ああ。ある人に教えられてな」

「それって」

「ああ、来たばかりだというのにあっという間に軍師になられたヴァイス様だ」

わ・た・し・じゃん!

え? 下剤盛った人ですよ?
態度はなおしてほしかったけど様付けって何?
ってか前、殺気飛ばしてたでしょ!?

「ヴァイス様は真面目な人だ、いつも必ず訓練の指導をし自身の部隊の一人一人に声をかけて目と目を合わせて話す。本人は謙遜な態度だが軍内では一番強いんじゃないかって思ってる、そして」

「わあーっ! わ、分かりました! 分かりましたからそこで止まって下さい!」

顔から火が出るほど熱かった。
なんなんだ、なんなんだよ、この人は。
あと女嫌いじゃなかったのかよ!
こんなに熱くベラベラ語る奴って知らなかったよ!

「あ、アナタがそのヴァイス様に尊敬してるのは分かりましたから!」

「尊敬?」

「え」

あ、これ自分で言って恥ずかしいパターン?

「寧ろ崇拝の域だが」

ボンッと火が吹くように熱くなった。
な、なに言ってるのこの人は・・・!

「君、見てたんだろ」

サアッと顔が青くなる。え、バレていたの私の正体・・・。

「ヴァイス様」

だ・か・ら! どうやって私が私を見るの!
どうやったら見れるのか! 知りたい、本気で。

「ここの所君を見かける事が多くなってな、やっと確信が付いた」

「え」

嫌な予感がする。ってかマジでやめてくれ・・・!

「君、ヴァイス様が好きなんだろ?」

あはは、内心乾いた笑いが響いた。

なんで私が私の事を好きになってるの?



##    第三話 ##


『ねえ、聞いた?』
『ギルバート様でしょ? 心底ガッカリしたっていうか』

女たちが密やかに話す。
別に聞き耳を立てたくて聴いてるわけじゃない。

女は上辺だけしか見ない。
今回だって女中の誰かが盛ったとしか考えつかない。
多分俺の事が嫌いなアイツぐらいしか検討つかないが間違ってはいないだろう。

ーー女は嫌いだ。見てくれの良し悪しでしか世界を見ない。

今回の試合で女性への態度を改めるんだと審判を引き受けた男が意地悪く言ってきた。
まるで試合放棄したのはヴァイス軍師を恐れたからだと聞こえるが俺はヴァイス軍師とは試合の時初めて会ったぐらいだ。

お前に俺の何が分かるというんだ。

ただあの試合のおかげで馬鹿みたいにいた女たちが消え去り、それは良かった良かったと清清していた。

二階の窓から俺を負かしたヴァイス軍師を見る。

王国の情報携えたフリーの傭兵だったという事以外何も分からない怪しさ極まりない男に俺は負かされたのかと内心憤った。

だが待てよ。俺の周りから女が消えたのはヴァイス軍師のおかげである事は間違いない。

少しくらいなら言う事を聞いても、という所で振り返ったヴァイス軍師と目が合う。
そう言えば初めて負けを知ったのもヴァイス軍師な気がする。

あの試合の時とは打って変わりにこやかな笑顔で手を振る。

ドッドッドッ

何故だか心音が早くなる。
鼓動が耳から離れない。
まさか、馬鹿な俺が。

その場を立ち去る。
考えてはいけないような、突き詰めてはいけない感情がそこにはあった。

それからというも『挑戦』という形で女性への接触を図る。おかしい。あの一件以来女性からの目が冷たく感じられ恐れるようになった。

そして俺の周りでは確かに女性が減ったはずだった。

『あ、ユカリちゃん!』

『すいませんこれを片付けたらそちらも手伝います!』

『もう・・・良いって言ってるのに』

『いえ仕事ですから』

新しく入った物好きな新人。
名前は覚えてないがよく目が合い、そこには嫌悪も恐れも無かった。

もしかしたら彼女にならば。
このヴァイス軍師への間違った感情も正しく導いてくれるかもしれないと日が経つに連れ目が合うにつれ、視線で追いかけるうちに思った。

だが彼女が仕事する時間は決まって遅くからだった。
普段は何処に居て何をしているやら。

『ねえ、ユカリちゃんってさ』

『はい?』

『ここくるまでに何処にいつもいるの?』

ナイス! 女中はサボりを疑ってるみたいだが。

『訓練所・・・いえ、忘れて下さい』

訓練所・・・確かにそう口で言っていた。
この時間まで訓練所で訓練しているのはヴァイス軍師だけである。

まさか。

彼女は草葉の陰からヴァイス軍師を見守り恋をしているというのか!?

衝撃につい目眩がした。

それを額を抑えて無理もないと感じた。

ヴァイス軍師はイケメンなオッさんだからな!

あの背格好は羨ましいくらいだし渋い言動は最高にクール。
理想の男だ、落ち着いているのも良い。

だがヴァイス軍師に対し間違った感情を抱いてしまっている自分が彼女の恋心を邪魔していいものかと考えた。

? 待てよ。

俺が好きな人と好きになれるかもしれない人をくっつけたら万事上手くいくのでは?

そう考え、あの目がよく合う女中を探し回った。

やっと見つけた時にはヨシュアに肩を回されていた時だった。

『君、薔薇を切るより割の良い仕事をしないかい?』

ふつふつと言い知れぬ怒りが内側から湧いてきていた。
ヨシュアを親友だと思っている。
ヨシュアが俺目当ての女たちを一手に引き受けてくれた恩義はある。だが、その女だけは駄目だ。

「おい」

思わず口にしていた。
怒っていたのかもしれない。
ヨシュアが眉を顰めていたからだ。それでも構わないほど頭にきていたのだろう。

「ったく、誰かと思えばギルじゃないか」

まだ愛称で呼んでいてくれるとは。しみじみと嬉しく思う。
同時に微かな友情さえ尊いと身に染みていたが怒りは冷め切らぬままだった。

「呼ばれていたぞ・・・ヨシュア」

誰にとは言わなかった。
口から出まかせで出た言葉だが彼なら俺より必要とされているのだから嘘はついていないつもりである。

ヨシュアが邪魔された事に良い思いを抱いてはいないまま立ち去ると辺りはシーンッと静まり返る。

ドッドッドッ

やけに鼓動が、それにしては煩い。

一向に此方を見ず手を止めたまま静止している女中に、初めて声をかけた。

「・・・おい」

「・・・はい、なんでしょう」

伏目がちな目がより一層際立たせた。
線の細さ、華奢な体躯、憂いを帯びた表情。

何かに心臓をぎゅんっと鷲掴みにされた衝動を感じた。
なんだ、これは一体なんなんだ。

「・・・っ! いや、用ってほどじゃないんだがすまない・・・」

思わず謝罪してしまった。他の萎縮してしまうような女の態度とは違い、照れ隠しで。
他の女とは向ける視線が違う事は最初から分かっていた。だから動揺してしまったのだろう。

女中の大きな瞳が見開かれる。
思わず見ていて飽きないと感じた。

「・・・どうした?」

「いえ、随分とお変わりになられたなと思いまして」

・・・俺の変化が分かるくらいには俺のことを見ていたって事?

自分の変化に今更ながら気づいた。
たしかにヴァイス軍師との一件以来、俺は変わった。
煩わしく思っていた女たちから冷たい蔑まれた目を向けられる事もなかったはすだし。
何より女性は怖いと感じるようになって。

ヴァイス軍師に憧れを抱く事もなかった筈だし。

微かながらヴァイス軍師に憧れというワードで耳が熱くなる。

「! あ、ああ。ある人に教えられてな」

ああ、俺はとうとう認めざるおえないところまできてしまったかと感じてしまった。

ヴァイス軍師、大好きです。
男としてマジでガチな方向に。
好きです。大好きです。

自分を前に軽蔑も蔑みも冷たい目すら向けなかった女中に対し視線で追いかけるほどだったのに今やヴァイス軍師一択の自分に驚くほどストンと感情は落ちていた。

「それって」

「ああ、来たばかりだというのにあっという間に軍師になられたヴァイス様だ」

正直、もっともっとヴァイス軍師の事が知りたい。
ってか抱かれたい。ヤバい、抱かれたいってなんだ。ヤバいぞ・・・俺は・・・本格的にきてしまっているらしい。

「ヴァイス様は真面目な人だ、いつも必ず訓練の指導をし自身の部隊の一人一人に声をかけて目と目を合わせて話す。本人は謙遜な態度だが軍内では一番強いんじゃないかって思ってる、そして」

思わず口を出てしまった。
ヤバい、本当にヤバいって俺・・・!
止まりそうにない口を慌てて割って入る女中。

「わあーっ! わ、分かりました! 分かりましたからそこで止まって下さい!」

何故だか話し足りない気分になったが彼女が言うなら抑えよう。
彼女になら負けても許してしまう。
そんな感情が心の隅にあった。

「あ、アナタがそのヴァイス様に尊敬してるのは分かりましたから!」

尊敬?

「尊敬?」

尊敬は、違うくはないがこれはもっと。

「え」

「寧ろ崇拝の域だが」

誤魔化すように言ったが間違いでもない。
俺はヴァイス軍師に本気で惚れたらしい。

「君、見てたんだろ」

恋敵ではあるが応援しよう。
俺より勝算はずっとある。

青くなる彼女の顔を見て確信した。

「ヴァイス様」

やはり彼女はあたふたと混乱していたが同じ人に恋する者同士として微笑ましく見守ってしまう。
ぐっ・・・やっと分かった! これが恋する女の子は可愛いってやつか・・・!

「ここの所君を見かける事が多くなってな、やっと確信が付いた」

「え」

「君、ヴァイス様が好きなんだろ?」

正しくは君もだがな。

彼女の顔は赤くなったり青くなったりで面白い具合にコロコロと変わっていった。





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